2016年03月

25

金曜日の投稿

ものさす編集部
投稿者:ものさす編集部

2016年03月25日

"おいしい"が人と人をつなぐ
料理から広がる、新たな関係性。
interview 淡水研究室 保科芳行さん

めぐるモノサシ

ものさす編集部
投稿者:ものさす編集部

淡水の大将との出会いの記憶は実は曖昧だ。
店がモノサスのオフィスの近くにあるので、最初は何気なく通いはじめた。
しかしある日、異変に気づく・・・。
刺身が異様に美味しいのだ。

それからというもの、大将の料理の虜になり、頻繁に通うようになった。
恒例なのは、その日の刺身盛りの中で、
「どの魚が、今日イチバン旨いのか」を当てること。

「今日の、金目鯛、すごいっすね」
ちゃんと当てると、大将はすごく嬉しそうに笑ってくれる。

私は、淡水研究室という店が存在してくれていることで、
代々木という町の価値が上がっていると、勝手に思っている。
その証拠に私は、オフィスに夕飯時にお客さんがいらっしゃると、
そのまま淡水に一緒に食事に行き、
「代々木、なかなかいいっすね〜!」
という言葉を引き出しては、喜んでいる。
よいお店というのは、その町の印象を左右することだってある。
だから私は、淡水のことを「代々木の迎賓館」と呼んでいる。

私を含め、モノサスのメンバーは何度も淡水に通っているが、
大将も何度もモノサスに来てくれている。
会社でのパーティーの料理を作りに来てもらったり、会社で開催したカメラ講座に一緒に参加してもらったり。

都会にはコミュニティは存在しにくいとか言われるが、そんなことはない。
たくさんある選択肢に目移りするから関係性が希薄になるのだと思う。
何度も双方向にやりとりを続けていけば、輪は少しずつ大きくなっていく。

何年もいろんな人を連れて通いつめていくうちに、
大将と私の関係から、淡水とモノサスの関係、
そしてだんだんよくわからないくらいまで輪が広がっていっている。

( モノサス 林 隆宏 )

浄水器の営業マンから
料理職人の道へ!?

このお店を始める前は、碑文谷で浄水器の会社で働いていたんですよ。その会社の部長は料理ができる人で、一軒家のオフィスの半地下にあるガレージ部分で居酒屋のようなお店を作ることになって。10人入れるか入れないかぐらいの広さだったんですが、そこに会社関係のお客さんとかを呼んで、月に1回ほどみんなで宴会したりしていました。その時に、魚をおろすのを手伝ったりだとか、僕も一緒にそこで簡単な料理を作るようになったんです。

そのうち、だんだんと浄水器があまり売れなくなり仕事が減って、「どうしようか?」となった時に、部長が「店でもやるか」と誘ってくれました。1997年に、代々木のこの場所を借りて、お店を始めることに。どこかで修行したわけでもなかったので、すべて独学で料理を覚えました。うちの両親が共働きだったので、小学校3年の頃から、自分と妹の分の夜ごはんを作ったりしていたこともあって料理はしていましたけど、料理人になるつもりはまったくなかったですね。


淡水研究室の碑文谷(1号店)内観

お店を始めた時はまだ何も知りませんでした。魚のことをまずは知らないとダメだなと思って、寿司屋に通うことにしたんです。三軒茶屋のすずらん通りにある「栄寿司」に毎日通って、カウンターに座りながら魚の種類を全部覚えたたり、本を読んだり。当時、仕入れは元部長がやってくれてたんですが、先に魚屋に行って魚を見たり、店の人に見分け方を教えてもらったりもしましたね。その頃は、この仕事をまだ楽しいとは思ってなくて、何がなんでもやらなきゃいけないと、がむしゃらにやってるだけでした。「負けず嫌い」で続けていたというか。

お店を初めて1年目は、宣伝も何もしていなかったんでまったくお客さんがこなくて。そこから徐々に人が人を呼んでくれて、クチコミで広がっていきました。この変な雰囲気がよかったのかな(笑)。店名は浄水器の会社のガレージでやっていた頃の名前をそのまま引き継いで「淡水研究室」になりました。内装もDIYで、宮大工と一緒に作ったんですが、「淡水」だからと、カウンターに水を流したり、「ドナルドソントラウト」っていう淡水魚のマスのお刺身を出したりもしていましたね。うちの水は、かつて売っていた「逆浸透膜浄水器」という浄水器の水を使っています。お酒を割る水も、お米を研ぐときもこの水で。料理に使うと全然違うんですよ。


『逆浸透膜浄水器』の4本のフィルターを通った純水

料理をメインで作っていたのは元部長で、オープンして3年後の2000年に、店の隣に別室を出すことになりました。こっちよりも広くて30人ほど入れるお店で、僕がそっちに行って料理を1人で作る事になって。急に規模が大きくなりましたけど、たいして大変ではありませんでした。別室はテーブル席ばっかりなので、来たオーダーだけをひたすら作っていけばよかったんです。だから僕にとってはこっちの店のほうが大変。カウンターがあって、常連さんがいて、お客さんと話しながら料理を作らなきゃいけないですから。

別室を始めて4〜5年経った頃くらいから、元部長が僕に料理について相談してくるようになったんですよ。その時、元部長に料理人として「勝ったな」と思いました。そこから仕事が楽しくなりましたね(笑)。2011年には別室を閉めて、ここの本店で料理を作ることになりました。その頃、元部長が都内各地でいろんなお店を経営していたんですが、だんだんと業績が悪化していって、全部無くなってしまって、唯一いまでも続いてるのはこの店だけ。本当はここも会社が無くなるときに売るつもりだったらしいんですけど、僕は無くしたくなくて、「ください!」とお願いして譲ってもらって、営業を続けることができたんです。


『淡水研究室 一寸五分』外観。2012年より前オーナーより譲り受けた。
 

おいしい魚がすべて。
食べてくれる人がいるからおいしい料理をつくる。

こうして改めて振り返ってみると、いろいろありましたねぇ(笑)。ただ一貫してずっと変わっていないのは、おいしい魚を買うこと。それだけを考えてきました。おいしい魚って見たらわかるんですよ。わからないときは手にとって「こっちだな」と。サバなんかは箱に8本ぐらい入っているんですが、8匹全部触ります。脂がのっているかどうか、固いか柔らかいか。そうやって見て、触って体得していきました。もちろん昔は失敗したこともよくありました。さばいた瞬間に「あ、これは失敗したな」とわかるんです。


仕入れたばかりの魚介類。手前から白イカ、ノドクロ、カツオ、ウニ、トリ貝

いつも仕入れに行っている魚屋さんがあって。築地市場でまとめて安く買っているから、僕が築地で仕入れるよりもぜんぜん安いんで助かってます。水曜日以外は毎日行って、特に買う物がなくても必ず見に行くようにしいます。時々、新しい魚が入っていたりもするんで、とりあえず日課として。
10年前に比べると、魚の値段が高くなりました。このお店を始めた頃、金目鯛はキロ単価2000円ぐらいで買えたのに、今だと1万円越えますからね。19年前なんて、金目鯛のお刺身を出しているお店ってなかったんです。みんなが使うようになって値段が上がったんでしょう。同じ金目鯛でも安い物もあります。でもおいしくないんです。味は絶対に落とせないんで、高くてもおいしいものを、その時期においしい産地から仕入れるようにしています。


刺し身の盛り合わせ。手前左から白イカ、マグロ、ノドクロ、甘エビ、トリ貝、カワハギ

魚は、その日の仕入れによるんですが、なんといってもオススメはお刺身ですね。日替わりのメニューで、毎日仕入れごとに変わります。お刺身以外のメニューはおまけみたいなものなんで(笑)、ほんとうは日替わりの魚メニューだけで満足してほしいぐらい。それくらい自信を持ってお出ししています。

普段、僕自身が食べるものは、コンビニでも、ラーメンでも、とりあえずおなかがいっぱいになれば何でもよくて。ちゃんとしたところに行って、考えながら食べるのがイヤなんです。だから、自分で作ったりしません。自分のために作る料理ってぜんぜんおいしくないんですよ。自分が食べるからいいやって、気持ちが入ってないからなのかな。食べてくれる人がいれば、一生懸命作ります。作ったごはんを「おいしい、おいしい」って言って食べてくれるのがやっぱり一番ですから。

「創立記念パーティ」で腕をふるう
そこから広がる新たなつながり

うちのお店の常連だった林さんに、モノサスの10周年パーティに参加してもらえないかと誘われましてね。「10周年記念パーティ」はとても大切なイベントだから、「お店を休んででも来てください!」と(笑)。稼ぎ時の金曜の夜なのに、お店を閉めて参加しました。


昨年の11周年記念パーティーにてあん肝を盛りつける大将。鮮やかな手さばき

林さんから頼まれたのは「その季節のおいしい魚を200人前ずつ」。うちは見ての通り、小さい店をやっているので、200人前が想像つかなくて(笑)。白子はいつも1パックで500gぐらいのものを仕入れるんですが、初めて3kgをまとめて買いました。果たして、これで足りるのかどうかもわからなくて……。


200人前のあん肝ポン酢が並ぶ。11周年記念パーティーにて。

もう、すべてが初めての体験で、すごく楽しくて。そもそも会社に出張して料理をしに行くなんてことなかなかないですから。しかも、会社にちゃんと厨房があることにも驚きました。うちの厨房よりも全然広いんですよ(笑)。3〜4人立っても動けるくらいで、すごく快適なキッチンでしたね。それに、お店にいると誰かと一緒に料理を作ることはないので、いろんな方と一緒に料理できることもおもしろかった。参加されていた料理家の細井恵子さんもパーティで出会って以来、おつきあいがあって。うちのお店でも「細井亭」っていう、1日貸し切りのイベントを細井さんが厨房に立って、料理を作ってもらったりしているんですよ。


淡水に食事にきた林(右)と細井恵子さん(右から二人目)と。カウンター越しに会話をしながら料理を盛り付ける大将(左)

10周年記念パーティが終わって、その夜、タクシーで林さんと帰ったときに、「楽しかったね」と2人で話をしました。「来年もよろしくお願いします」と言われて「はい」と即答。僕も、また来年もやりたいなとパーティが終わった後すぐに思っていたから、うれしかったですね。11周年パーティもやらせていただいて、今年の12周年もきっとやることになるんでしょう(笑)。今年もぜひよろしくお願いします。


保科 芳行さんのプロフィール
1973年生まれ。目黒区出身。飲食店に務めるかたわら、浄水器の販売、メンテナンス会社に入社。浄水器会社が『淡水研究室』を立ち上げ、入店。のちに『淡水研究室 別室 一寸五分』の料理担当に。店舗数が6店舗となり統括本部長として各店舗のメニュー開発等を行う。2012年、会社から独立し『淡水研究室』のオーナーになる。

 

この投稿を書いた人

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ものさす編集部(ものさすへんしゅうぶ)

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