2016年05月

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金曜日の投稿

丸山 智之
投稿者:丸山 智之
(フロントエンドエンジニア)

2016年05月20日

神山ものさす塾と神山を振り返って
~丸山 智之からの視点~

仕事と暮らし

丸山 智之
投稿者:丸山 智之(フロントエンドエンジニア)

こんにちは、丸山です。
1月から3月までの3ヶ月間の神山での講師生活を終えて東京に戻ってきました。
たった3ヶ月ではありましたが、かなり内容の濃い日々を送れたことは大変良かったです。

3ヶ月間の講師生活を通して、私の視点から神山ものさす塾と神山生活を振り返ってみたいと思います。
 

講師も塾生も皆の距離が近かった
神山ものさす塾


神山ものさす塾修了式の集合写真

神山ものさす塾の塾生たちは、

「コーディング技術を習得して、Web制作技術者になる」

という1つの目標に向かって日々コーディングに励んでいたため、休憩中も自ずと話はコーディングの話になっていたようです。
「自分はこういう風に組んだけど、合ってる?」などと塾生どうしでコーディング議論が始まったり、放課後や休日も「キムさんの部屋」(弊社のキムがものさす塾の期間住んでいた部屋)に有志で集まって講義の復習や最新技術の勉強会が開かれたりしました。

また、勉強会の〆にはよく神山町にある神山温泉に入りに行ったり、勉強会と称した飲み会が開かれたりしました。入社後の自分の理想像や今後どういう技術を身につけていけば良いかなど本音で様々なことを話し合うことができ、お互い良い関係で最後まで突っ走ることができました。

モノサスに入社した塾生たちも現在は研修が終わり各部署・各班に配属されていますが、交流が途切れることなく休憩中にコーディングのことを話し合ったり雑談などをしている様子を見ると「良い関係が続いているな」と講師目線で安心してしまいます。
 

初めての経験だらけだった講師生活

コーディングの講師を行うというのももちろん初めてでしたが、厚生労働省の方や県の職員の方とお会いしたり、新聞社の取材を受けたりも初めてでした。
また、モノサスとも関係の深い西村佳哲さんがファシリテーターを務めた「神山はいま、3 DAYS ミーティング」にて、ものさす塾とモノサスの紹介をスライドで発表させて頂いたりしました。
会社の代表として会社のことを紹介するのは初めてだったのですごく緊張感がありましたが、発表をきっかけにモノサスに興味を持ってくれた方がいらっしゃったことがすごく嬉しかったです。

おそらく普通にエンジニアとして働いているだけだと経験できないような貴重な経験を30代になる前にさせてもらったことは、今後の人生にも良い影響を与えてくれるのではとワクワクします。

また、ものさす塾生がコーディングを行うための演習課題として、Webサイトのデザインにも挑戦し、プロトタイピングツールを使ってモックを作ってみたり、普段はスライスくらいしか行わないPhotoshopの様々な機能を使って悪戦苦闘しながらサイトデザインを作り上げたりしました。
デザインをしていく中で、コードだと思い通りに実現できそうなデザインの細かい部分の作り込みが思い通りにいかなくて「自分の脳内やお客さんの要望通りにデザインに落とし込めるデザイナーはすごい」と思うのと同時に「もっとデザインのことを知って、自分もデザインが出来るようになりたい」という欲求も以前より強くなりました。

「コーダーだから」や「デザイナーだから」という枠に捉われずに新しいことに挑戦することで得られることも大きいと思うので、別分野に挑戦・学ぶという取り組みは今後も続けて行きたいと思います。
また、その取り組みをまわりにも勧めることができるようになると良いなと思います。
 

ものさす塾で講師をする
前と後での意識の違い

講師をする前の自分を思い返すと、常にバタバタして自分のことだけで精一杯という感じで、仕事的にも良い流れと悪い流れを繰り返して精神的にもかなり折れやすくなっていました。
講師デビュー当初は、自分のタスクをこなしつつ10人を相手に次々に質疑応答したりコーディング内容をチェックしたりするだけで精一杯でした。

そんな状態の自分でしたが、毎日の講師業務を行いつつ、突発的に入ってくるタスクを消化しながら、不定期でやってくる塾生との質疑応答を行っていく中で意識が鍛えられたのだと思います。
次第に、自分の中の意識が慌てずに全体を見ながら臨機応変に対応できるようになってきました。「神経が図太くなった」「客観視ができるようになった」とも言えるでしょう。
 

体質改善を行えた神山生活


神山町で有名な棚田に咲く菜の花の絨毯

東京はよく“眠らない街”と表現されることがあります。
確かに、真夜中でも街の明かりが消えることもなく、人が常にどこかにいて、街全体が静かになるというのはあまりないように思います。
対して、神山町は一部のお店以外は午後8時を過ぎたころには店終いをして町が眠りにつく準備を始めて、町全体が静寂に包まれていました。“眠る町、神山。”でした。
夜のノイズの少ない静けさのおかげか、授業準備やWeb技術の自己学習をすごく集中してできたことは非常に良かったと思います。

また、元々私は夜型生活人間で、常にどこかしらが不健康だったのですが、神山町に住み出した頃から自然と日付を跨ぐ前には眠くなるようになり睡眠時間が増えたためか健康的になりました。まさに自然のリズムに従って生活ができていました。
さらに、この冬は体調を崩すような風邪を引くこともなく非常に快適でした!

また、ものさす塾と神山町を語るうえで、この人物の存在を語らずにはいられません。
神山とモノサスとものさす塾を柔軟に繋いでくれた人物です。
 

神山にとけこむきっかけをつくってくれた
齊藤あかねという人物


滞在先の「山姥」で猫のシロちゃんとたわむれる齊藤

齊藤はものさす塾の塾生兼事務員として昨年の11月から神山に住みはじめたのですが、
「もう3、4年くらい住んでいらっしゃる町民の方かな?」と思うくらい数ヶ月で町の中に溶け込んでいました。
齊藤自身ぐいぐいとコミュニティに入っていくようなタイプではないのですが、町のおばあちゃんおじいちゃん、神山塾の塾生たちと仲良く関係を築き、そして猫にも別れを惜しまれるくらい懐かれたのは、本人からにじみ出る人柄の為せるものなのだと思います。
また、私自身もコミュニティにぐいぐい入っていくことが苦手なので、齊藤から「今日、町の方との新年会に行くのですが、ご一緒にどうですか?」など誘ってもらい、神山のコミュニティに入るきっかけをたびたび作ってくれたことは非常に感謝しています。

事務員として書類の管理など裏方作業を行いつつ、塾生としてコーディングを学ぶというのは非常に大変だったと思いますが、二足のワラジ生活お疲れ様でした。
 

講師生活を終えて...


塾の修了式の日に塾生から頂いた寄せ書き。私の好きなアニメ作品をモチーフにタイトルロゴまで丸山仕様に。ちなみに右側に描かれたキャラクターは作品に出てくる「丸山」という苗字のキャラクター

3ヶ月無我夢中で講師をやり遂げました。
正直に言うとむちゃくちゃしんどかったです...。
ただ、講師にチャレンジして別の地域で暮らし、別の分野の物事を見て体験したことで、視点を広げることが出来たり、考え方も一回り成長しました。
講師に限らず何かチャレンジ出来ることがあって、自分を変えてくれそうな“何か”を感じることができるなら是非トライしてみるべきだと私は思います。

また、講師生活が終わったら「はい、終わり」で東京に戻ってそれっきりではなく、
今後も神山と関わっていけると良いなと思います。

Webに関わるエンジニアとして、

"「Webサイトだけではない、人と人とをつなぐWeb」をつくる"

そういうことができるように今後頑張っていきたいと思います。

この投稿を書いた人

丸山 智之

丸山 智之(まるやま ともゆき)フロントエンドエンジニア

コーディングファクトリー部所属。大分の湯布院出身。大学在学中にWeb制作に興味を持ち、独学を経て、上京しコーディングファクトリーへ。アニメとコーディングが好き。
「キングスマン」と「劇場版けいおん」を見てイギリスに行きたい欲が再加熱してます。英語頑張りたい。

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