2016年06月

24

金曜日の投稿

ものさす編集部
投稿者:ものさす編集部

2016年06月24日

「相性」から生まれるもの
有機的に物事が進んでいくこと
interview 西村佳哲さん - 後編 -

めぐるモノサシ

ものさす編集部
投稿者:ものさす編集部

西村佳哲さんをインタビューした「めぐるモノサシ」の後編。
前編では、「働き方」から仕事や暮らしを統合した「営み方」に関心が移りつつあるという西村さんの最近の想いを聞きました。

後編は、西村さんとモノサスとの関係性や、モノサスとつながるきっかけとなった真鍋との出会いについてです。

西村佳哲さんプロフィール
建築分野を経て、"つくる・書く・教える"の三種類のお仕事を主軸に活動されている。"つくる" の軸はリビングワールドでのデザインのお仕事、"書く" の軸は『自分の仕事をつくる』をはじめ、働き方、暮らし方、生き方などについて書くお仕事、"教える"の軸ではインタビューのワークショップをメインに、聞き方、関わり方を教えるお仕事をされている。

真鍋太一プロフィール
モノサス プロデュース部 部長。広告の制作会社を経て、2012年7月モノサス入社。2014年に仕事で西村さんと再会し、その3月に偶然、西村夫妻と時期を同じく徳島県神山町に移住。東京と徳島の2拠点での活動を開始する。社会とつながり「暮らすように働く」という企業の価値をつくるべく、家族を実験台に検証中。2016年4月より、神山町と西村さんも所属する「神山つなぐ公社」が共同で立ち上げた、「㈱フードハブ・プロジェクト」の支配人(COO)も務める。


モノサスはめずらしい会社

真鍋 
今は神山町の仕事もしていますけど、その中でモノサスと西村さんのお話に移りたいんですが、一番大きいのは神山町のサイトを作らせて頂いて。
西村さんがプラニングを進めていて、代表の林も含めてモノサスメンバーが入って一緒に仕事をさせて頂きましたと。
で、一緒に仕事してどうでしたか?


2015年12月にリニューアルされた神山町役場Webサイト

西村さん(以下:西村) 
一緒に仕事をしてみてどうだったか。
まあ気持ち良かったってことですよね。

真鍋 
どういうところが?

西村 
えっとね、こっちにとってちょうど良いことをやろうとしてくれるっていうか。
「自分たちがやりたい方向に持っていこう」っていうのがあんまりないのが。
まあ当たり前なんですけど(笑)。
当たり前なんだけど、なんだろうな。

例えば建築家の中には、自分が作りたいものを作らせろっていう感じの人もいるし。
Webサイトであっても、そういう感じの人たちもいるしね。
一方で、完全な御用聞きみたいになっちゃって、ただ言われたことをやるみたいな。
仕様書が形になったような仕事しかしない人たちもいるし。
そういう意味で、本当にちょうど良い所ですよね。

相手のことを敏感に感じ取りながら、ちょうど良い関わり方をしてくれる感じがあって、
一緒に働きやすかった印象があります。
「私たちの芸風はこうで、こういうものを作りますよ」という感じではない。
かといって「何でもやります」という感じでもない。
そういう気持ち良さですね。
モノサスはめずらしい会社だなと思います。

真鍋 
めずらしい。どうめずらしいんですかね? 自分たちではちょっと分からないから。

西村 
そうか。まあ僕にとってめずらしいってだけかもしれないけど。
僕は30歳くらいまで大きな会社にいたんですね。
要は会社の看板で仕事をしているような世界ですよね。
で、大きな会社にいると皆、結構勘違いしちゃうんですよ。
自分の力じゃないのに、取引先の人がすごい大切にしてくれたり、どこどこの誰々ですって言うと、それだけで通りが良かったりとか。
会社と自分の区別というか、そこをちょっと勘違いしやすいんですよね。
自分の力じゃないのにっていう。

モノサスは、本人たちが勘違いしてしまうような、看板会社ではない。
一方、部活みたいな感覚で「俺たち楽しくやってるぜ」みたいな会社はよくありますと。
でもそういう感じでもないんですよ、僕から見ると。

いまのモノサスのサイトを見てると、部活っぽい雰囲気もまあ伝わってこなくはないけれど、皆かなりきっちり働いてる風にも見えるし。
部活っぽくもなく、かといって会社の仕事だからみたいな感じでもなく。
そのバランス感がめずらしいなと。
なんかね、初めてオフィスを訪ねた時は、青山にあったイデーのような印象を覚えたんだよね。

真鍋 
それものすごい褒め言葉ですよね(笑)。

西村 
あ、そうですか。

真鍋 
わたし、個人的には(笑)。

西村 
昔のイデーって、皆で激しく増改築していて、
店舗だからお店があってそこはパブリックな空間なんだけど、ちょっと裏側に入るとスタッフ用の空間が所狭しと続いてるというか。
その感じとかすごい似てたし。

真鍋 
それはけっこう嬉しいかもしれない。

西村
自分たちでやってる場所なんだっていう感じ。
あてがわれた空間で働いているというより、巣作りしてる感じがあって、面白いなと思ったんだよね。
 

真鍋とのつながり

真鍋 
まあなんか今も引き続き、イン神山のサイトの構築もやらせて頂いていて。
それからフードハブ・プロジェクトでも結構大きく、関わってもらって一緒にやっています。
で、ちょっと僕と西村さんとのつながりみたいなのも簡単に話せたらと思うんですけど。

※注釈
イン神山・・・神山町に拠点を置く、NPO法人グリーンバレーのウェブサイト。
フードハブ・プロジェクト・・・神山町役場、神山つなぐ公社、モノサスが共同で進めている新しいプロジェクト。

西村 
えっと最初はですね、僕が妻とやってるリビングワールドっていうデザイン事務所の仕事を、ある車の会社の広報誌の記事で取材に来てくれたんですよ。
そういう取材って、ライターさんや編集さんが矢面に出てるので、奥の方でなんかニコニコしてる人は誰だろう、みたいなことが多くて(笑)。

真鍋 
そのニコニコした人でしたよね(笑)。

西村 
だったんだよね。そういえばなんかあそこに坊主頭のシルエットがあったなって(笑)。
その時はそんな感じだったから、ちょっと印象が離れてしまっていたんだけど。
そこから僕が神山に家を借りるようになって、深夜バスで東京から神山に通い始めていた時期が今から2年半くらい前にあったの。

で、その暮れぐらいに真鍋さんから急に連絡があって。
東京のとある遊休地の再開発というか再利用の計画のプランニングを一緒に手伝ってもらえないかってことで会って。会ったら、お久しぶりです、と。
かつ、共通の知りあいがいっぱいいて、かつ「え、神山に引っ越すんですか?」「俺も」。みたいな感じで(笑)。
そこから付き合いが再開したんだよね。

真鍋 
そうですね。

西村 
それから何度か色々と仕事の話を声かけてくれたりとかね。
多分ね、真鍋太一という人は嗅覚のある人で。
それは金脈を掘り当てるとかそういう意味じゃなくて、ちょうどいい人を嗅ぎ分ける能力がその都度その都度あるんだろうなって思うんです。

とまあそうやって一緒に時間を重ねていって仕事の話をしてる中で、「これから神山でこういうことを始めたいんだ」ってポロポロっと喋ってくれることがあって。
で、神山町の「地方創生のワーキンググループ」っていうのを、住民14名、それから町役場の若手14名で組織しようっていうのが、2015年の6月くらいにあったんですよね。

※注釈
神山町の地方創生を考えるワーキンググループ。ミーティングを重ね、『まちを将来世代につなぐプロジェクト』と題した地方創生戦略を発表した。

そのメンバーを誰に頼むか、グリーンバレーの大南さんと考えてた時に、「真鍋さんが関わってくれたら良いけれど、まあ忙しいから無理やろ」みたいな話があって。
真鍋さんってほとんど町にいなかったし(笑)。
でも僕が、「ちょっと聞いてみますよ」って言ったの。

で、声をかけてみたら、
「あ、それやってみたいかも。町にいる口実にもなるし」という返事をもらって。


地方創生戦略が発表会の様子。地方創生のワーキンググループが半年かけて勉強会とディスカッションを重ねた

真鍋 
そうそうそう。選考から漏れて、西村さんからメールもらって、「いる口実になるから是非やらせてください」となって。

西村 
で、大南さんに「真鍋さんオッケー。むしろやりたいって」「あ、聞いてみるもんやなあ」みたいな(笑)。

その去年の僕の動きって、ふたつあって。
まず、〝まちづくり〟とか〝町のこれから〟という、普段の日常生活では考えにくいことを、みんなで考えられる環境を作ってくっていうこと。

ふたつめは、これからどうやっていけば良いかという、まちのアイデアを、ジャストアイデアでなく、本人の潜在的な能力(アビリティ)と、希望(ウィッシュ)と、町の望ましいかたち(シュッド)と、それが三つとも重なり合うところでアイデアを育てていくことだったのね。

ミーティングのたび皆の雰囲気を見てたんだけど、その中で真鍋さんの動きが、町がいま必要としているかたちとすごい重なっていくんだろうと感じた。
だから意図したってことでもなくて、すごく自然な流れだよね。

真鍋 
それはそうですよね。

西村 
本人としては、最初の頃、2回くらい愚痴を洩らしていたよね(笑)。
「自分の家で静々とやりたかった。のに、引っ込みのつかない話になっちゃって」みたいな(笑)。

真鍋 
プレッシャーがありましたからね(笑)。

西村 
で、それを聞き流す、みたいな(笑)。ホント無理ですみたいな感じで伝わってきたら「じゃあなんとかしなきゃ」と一緒に考えるんだろうけど、ひとまずはそんな感じじゃなさそうだったのでね。
 

相性から生まれるもの

西村 
今、こうしてフードハブなども含めて、真鍋さんや役場の人たちと一緒に仕事をさせてもらってるわけだけど、行政が何かやろうという時に一番良くないのは、とにかく平等にしなければいけないと考えてしまうところです。
えこひいきしちゃいけないとか、機会均等にしなくちゃいけないと考える。

でもね、そんなことないと思う。
例えば男女関係で、誰と付き合うか、一緒に暮らしてゆくかというときに、機会均等とか平等性とか、ありえないじゃないですか(笑)。それは地域においても同じで。何か一つの力になってゆくときには、やっぱりこう出会いがある。

真鍋 
はい。

西村 
出会いが力になっていくわけ。
そこで平等性みたいなことにこだわっていたら、せっかくの力が損なわれていってしまうというかね。

で、有機的にことを進めるためには、やっぱり何気ない、他愛のない話をいっぱい交わしているのが大切なことだと思うんです。
あいつは何をしたがってるとか、こいつにはこういう潜在的な力があるとか、この子はこの話になるとなんか鼻の穴が大きくなっているとか(笑)。

そういうのを皆がめいめい、互いによく知ってる状態が、色んなことが起こりやすい状態だと思うんですよ。で、真鍋くんと僕の間では神山の地方創生以前のプロジェクトの付き合いもあり、時間の積み重ねが多少あったのでそれが上手く活きてる。

今はモノサスのメンバーとも一緒に過ごしてる時間が多いので、モノサスとは有機的なプロジェクトが生まれやすい関係にあるんだよね。

みんな、相性とかそういうことをベースに仕事をした方が良いと思うんだよね。
会社とか役場の仕事って「これは仕事だから」と決まっていて、到底相性ベースじゃないことも多いと思うんだけど。
でもね、相性から生まれるものをね、大事にした方が良いと思う。
特に新しいことをする時は。

真鍋 
いや、ホントそうだよなー。

西村 
だからね、これからも色んなことが起こってくと思うけど、モノサスとはそんな感じ。
これからもよろしくお願いします。

真鍋 
こちらこそよろしくお願いします。今日はありがとうございました。
 

インタビューをふりかえって

働き方 + 暮らし方 = 営み方

最近、西村さんが「働き方研究家」という肩書をなんとなく避けているような気がしていた。その理由がわかれば、自分が漠然と抱えている「とある疑問」に対する答えが見えてくるのではと思い、今回勇気を出して聞いてみた。

「ともに生きていきたい人たちと働く」という最近モノサスが大事にしていること。このコーナーでも、関わりの深い人たちへのインタビューを通してそれを伝えようとしているが、実際のところ「ともに生きていく」とはどういうことなのか。

少し前に、代表の林が、「モノサスは村のようなものだと思ってて、自分はそこの村長」と話していたことを思い出す。そのとき私は、「村長とは選ばれてなるものだから、会社のオーナー(林)が代表の場合、本質的に違うのでは」と意見した。しかし実際は、村のはじまりも、今で言うベンチャー企業のはじまりに近いのではないか。誰かが何かをやりたいと思った気持ちから、ものごとがはじまっている。最近、神山町や地域の人たちと深く関わらせてもらうようになって、そう思うようになった。

昨日の投稿(前編)で、西村さんが “「働く」より「営む」ということ” について語ってくれた。

西村さんの言葉を借りると、私自身、モノサスで「働いている」というよりも、仕事も暮らしも両方含めて、モノサスと一緒に「営んでいる」という状態が近いのではないだろうか。

代表の林は、その状態の集合を「村」と表現し、西村さんは、そんなモノサスを「めずらしい会社」と言ってくれたのかもしれない。

西村さんと私の個人的な関係も、一緒に「働いている」というよりは、「営んでいる」感じなんだと改めて思う。有機的にものごとを進めるということは、自然に身を任せることとは違う。これからもモノサスは、多くの人たちに助けてもらいながら、試行錯誤しつつ、自分たちなりの「営み方」を模索していくんだと思う。

(真鍋太一)

この投稿を書いた人

ものさす編集部

ものさす編集部(ものさすへんしゅうぶ)

ものさすサイト編集部です。メインは3名。「正直な今」を伝えるべく、日々ネタを求めてアンテナ発動中。たのしそうな気配を感じたら、どこでも飛んでいきます!

ものさす編集部が書いた他の記事を見る