2017年06月

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金曜日の投稿

永井 智子
投稿者:永井 智子
(取締役副社長)

2017年06月09日

東京以外で仕事をすることについて
~周防大島サテライトオフィス・進出協定締結~

仕事と暮らし・周防大島

永井 智子
投稿者:永井 智子(取締役副社長)

こんにちは。副社長の永井です。
山口県周防大島町へ引っ越して、早いもので3か月目に入りました。

こちらでの生活にもだいぶ慣れ、代々木のオフィスよりスムーズにも思える100M光回線の恩恵で、業務上での物理的な支障は、こちらからはあまり感じずに過ごしています。暮らしの上では、外食が減ったのは時々さみしくも思いますが、その代わりといってはあまりある、ご近所さんからいただく採れたての野菜のおいしさに感動している今日この頃です。
 

「進出協定調印式」が行われました

さて、去る5月22日、代表の林、取締役の柵山も来町して、周防大島町とのサテライトオフィス進出協定の調印式が行われました。
今回はその調印式の模様をご報告したいと思います。


厳粛な雰囲気の中、進出協定書に調印する林。

まず、モノサスの考える「働き方と暮らし方」について、林から紹介させていただきました。

都会でも、地方でも、海外でも。働き方と暮らし方を、自らの意思で選べるように、そしてそれを実現できるためのスキルを身につけること。これからの働き方にはそれが大切であり、会社としてもそのための選択肢を用意していきたいと思っています。また、流行だからとか、一時的な効果を求めるのではなく、ゆっくりとでも、確実に、ともに歩んでいける人や地域との関係性の中で、私たちの新しい拠点を作り上げていきたいと考えています。

林の挨拶を聞きながら、今回の周防大島町とのご縁をまさにそんな形にしていきたいと、私自身、身の引き締まる思いでした。

続いて、周防大島町の椎木町長、山口県の弘中副知事、ご来賓の柳居山口県議会議長からも、たくさんのご期待のことばをいただき、今後の精進をあらためて心に誓った一日でした。


椎木周防大島町長(中央右)、弘中山口県副知事(中央)らとともに、調印式後の記念撮影に臨む林(中央左)、柵山(最左)、永井(左から2人目)
 

町を取り巻く仕事の環境

そもそも、今回のお話をいただいたのは、さかのぼること半年前。「周防大島にも働く場所を作ろう」という計画が、社内で現実的になってきた昨年秋、山口県が、中山間地域でのサテライトオフィス開設を検討している会社へ支援を行っているという話を聞き、まずは相談してみようというのが始まりでした。

その時に、地元に残りたくても就職先がなく、都市に働きに出てしまう若者が多いという話を伺いました。これは多くの地方に共通の課題だと思いますが、当時、東京で採用したくても人が見つからず困っていた我々からすると、新鮮な驚きがありました。

たしかに、モノサスでの採用事情を振り返っても、東京勤務の募集はなかなか人が集まらないのに対して、先行してサテライトオフィスを構えた徳島県神山町の勤務前提の募集では、数倍から十数倍の応募が来ていました。ただ、そのときは「地方で働きたいという希望を持っている人もいるんだなあ」という個人単位の話にしか感じていなかったのも事実です。

実際に、行政単位でも危機感を持っているという話を伺って、「本当は地元で働きたいのに、都会に出るしか働き口がない。働き方の選択肢が少ない人が、それほど多いのか」と驚くとともに、今回の進出への思いを新たにした次第でした。

私自身は、神奈川県川崎市で生まれ育ち、以降、東京と川崎でしか暮らしたことがありません。学校を卒業したときも、数回の転職のときも、当時は東京以外で働くことは自分の考えにありませんでした。

しかしそれは、私が生まれ育ったのがたまたま都会で、近くに就職先の選択肢が多数あった、というだけだったのです。生まれ育った場所で数多くの業種・職種が選べることが、日本全体の中では、むしろ特殊な状況なのだということを改めて感じました。
 

「仕事の選択肢」という差

もし、私が周防大島で生まれ育っていたのだとしたら。
たとえば今のようなWeb制作の仕事に就きたいと思った時、それまで関係性を築いてきた友人や家族や近所の人たちと、望んだわけではないのに別れて、知らない土地での生活をするしかなかったでしょう。

また、単純に地元に残りたい、というだけにとどまらず、私より下の世代の意識の変化は、さらに加速しているように思います。

先述の徳島県神山町での採用では、もちろん徳島県やその周辺からの応募もありますが、東京やその他大都市と言われる場所に住む人からの応募も本当に多いのです。都市で生まれ、育ち、働き、生活していた人たちの中にも、何かしら現在の生き方への疑問があって、それまでとは違う働き方や暮らし方を探し始めている人が出てきている。そのうちの選択肢の一つが「地方で働く」ということになっているんだと感じています。

周防大島に引っ越してきて実感していることですが、インターネットや物流の発展によって、都会と田舎で物理的な「利便性」の差は、限りなく小さくなっているように思います。

スーパーやコンビニエンスストアの品ぞろえは、東京と周防大島町とでほとんど変わらないし、Amazonなどの通販は、お店が一軒もないここ周防大島町地家室にも、注文の翌日には送料無料でありとあらゆるものを届けてくれます。東京で見ていたテレビ番組のほとんどはこの周防大島町でも見られるし、ネットの情報に至っては、場所によらないのは当たり前。むしろ代々木のオフィスよりも通信スピードは速く快適に感じます。(同じ通信速度でも、使っている絶対人数が極端に少ないから、ということのようです(笑))

このように利便性の差が無くなる一方で、最後に残る東京と地方の大きな違いが、「仕事の選択肢」なのかもしれません。

確かに、ここ周防大島で就業できる仕事というと、従来の農業・漁業の他、観光業であるホテルやレストランの従業員、福祉や医療関係、土木建築など、ある程度限られた職種になってしまうように見受けられます。それ以外の仕事は、求人広告を見ても島外の近隣市街地のものばかり。

人が、そこに生活し続けるのに必要なもののなかで、地方にもっとも足りていないものが、「仕事」かもしれないと感じています。
 

「働き方」「暮らし方」を考えるきっかけに

私がここ周防大島町で働いていくことが、モノサスのサテライトオフィスとして雇用を作るということにとどまらず、「周防大島町で、こんな働き方ができるんだ」「地方にいても、東京との距離の差を感じさせないようにする工夫がこんな風にできるんだ」という一つの例になり、いま現在、都会でしかできない仕事をしていると思っている人たちに、それ以外の選択肢を考えるきっかけになることを願っています。

調印式が無事終わった後、周防大島町でのサテライトオフィスの先輩である、株式会社ビジコムさんを訪問させていただきました。去年の開所からまだ1年ほどにもかかわらず、10数名の主に地元出身の方々が働いていました。いろいろお話しする中で、「周防大島で、いろいろな業種が立ちあがるといいですね」との言葉をいただきました。

周防大島で暮らす様々な方たちの想いを受け止めながら、私たちも、周防大島町の「いろいろな業種・職種」の一つになれるよう、サテライトオフィス構築を進めたいと思います。

ここ周防大島町にとって、仕事の選択肢ができ、代々木のモノサスにとって、またひとつ新しい「暮らしの選択肢」ができるような、そんなサテライトオフィスにしていきたいと思います。


周防大島めぐりを堪能中のモノサス陣(左から柵山、林、永井)

この投稿を書いた人

永井 智子

永井 智子(ながい ともこ)取締役副社長

モノサスの取締役副社長です。東京タワーの見える家に憧れ、川崎から、国分寺、本郷を経て目黒までたどり着いたはずが、ひょんなことから山口県に住むことになりました。人生何が起きるかわからない、だけどどこもが住めば都。 「どう生きるか」から仕事や住む場所を選ぶのもいいけれど、今いるところを居場所と決めて、生き方、考え方、性格だって変えていってもいいんじゃない?

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