2017年12月

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金曜日の投稿

神山ものさす塾  塾生
投稿者:神山ものさす塾 塾生

2017年12月08日

自分の人生を、自分の足で歩いていく。
〜神山ものさす塾・3期生便り〜

神山ものさす塾

神山ものさす塾  塾生
投稿者:神山ものさす塾 塾生

こんにちは。神山ものさす塾3期生の立脇です。
塾生となってからあっという間に5ヶ月!
現在は、HTML、CSS、Jquery、PHP、Wordpressと今まで学んできた技術を総ざらいし、塾生全員で力を合わせて制作した卒業制作が終わったところです。
残り少ない塾期間では、それぞれの進路に合わせて更に技術を身に着けていきます。

12月末の卒塾が間近に迫り、それぞれが自分の行き先を見つめ、未来を掴み始めた今。
ものさす塾3期生として神山町で過ごした特別な時間のなかで自分自身がどのように変わっていったのか、変化を振り返りたいと思います。

今回の神山ものさす塾レポーター

立脇 あゆみ
ものさす塾3期生。兵庫県は播州の出身。文章を書くことが好き。にわかに登山好き。ケルト音楽が好きでフィドルに挑戦中。神山と大差ない自然豊かな場所で育ったので、どこを見ても自然が目に入るところや、人が少ないところが落ち着きます。標高が高くなるとテンションが上がります。2期生の先輩が暮らす殿宮の生活が羨ましくて仕方がなくて、ちょくちょくお邪魔しています。


神山ものさす塾に参加するまで

前職では地方の小さな印刷会社に勤め、主に公共施設や官公庁から発行されるチラシやポスターなどの印刷物のデザイン制作、全国から注文を承る印刷通販事業のデータチェックオペレーターとして勤務していました。

悩みながらデザインした印刷物が世の中に出ることや、入念な校正を経て無事に刷り上がった印刷物が誰かの手に渡り、目に触れ、その役目を果たしていること。自分の仕事が世の中の役に立っている実感に、嬉しさとやりがいを感じていました。

ですが、ネットから簡単に注文出来る大手印刷通販の出現、家庭で簡単に印刷できる簡易プリンターの普及、身の周りのさまざまなもののデジタル化が進み、ペーパーレス化への勢いが止まらない現状に、小さな印刷会社の経営状況は厳しいものでした。

業界の現状を目の当たりにするうちに、いつしか印刷の知識だけを持って働き続けることに危機感を覚えるようになっていました。

これから先どんな風に働いていこうか…。自分自身がこれから先働いていく上で、これまで培ってきた印刷の知識と共に活かせるプラスαの何かが欲しい…そんなもやもやを抱えていた時期に読んだのが、昨年日本仕事百貨に掲載された「ともに生きたい人と働く」という神山ものさす塾2期生の募集記事でした。

短期大学で新聞・出版を学んでいた自分にとって、好きな「ライティング」とWebの知識「コーディング」を学ぶカリキュラムはとても魅力的でした。
しかし、神山ものさす塾2期生の募集当時は入社して2年目を少し過ぎた頃。まだまだ学ぶことが多いし、3年は働きたいとその時は応募を見送りました。

そして1年後、念願の3期生の募集「生き方を選ぶ」が掲載されます。2期生とは募集要項が変わり、「自分の生き方を、自分で選ぶ。」と書かれた記事。技術を身につければ、自分の働く場所も、時間も、自分で選び取れるようになるのかもしれない…今まで考えたこともなかった可能性に、ドキドキしながら応募したことを覚えています。塾長である伊藤さんの「自分自身で働き方を選択できるだけの技術を身に着けてもらいたい」という言葉は、厳しさとともに、一歩踏み出す覚悟になりました。そして、気合いを入れて履歴書を記入し、面接へと漕ぎ付けます。自分のこれまでの経緯や、1年前から塾に参加すると決めていたことを猛アピールし、運良く塾生となることができたのでした。


塾生として過ごした特別な時間


4K映画祭で柚子すくいを行いました

塾生という立場。 きっと世の中的にはふわふわしていてモラトリアムな存在だと思います。しかし、前回の記事でも「塾生はステータス」という言葉があった通り、神山町で出会う人たちは塾生の存在を温かく受け入れてくれました。

町をあげて長年に渡り作り上げてきた地方創生の歴史により移住者の多い神山だからか、そしてお遍路文化の根付く四国だからこそ新しく来る人に対してオープンなのかもしれません。

「塾生です」と自己紹介すると、「あぁ!塾生なのね。なにしに神山へ来たの?私はこんな想いを持って、こういうことをやってるんだけど一緒にどう?」と誘ってもらえることも多く、さまざまな立場の方からアドバイスをいただけることも多かったです。

実際に神山に来るまで、塾生という立場を好意的に受け入れてもらえるとは思っていなかったので、「塾生です。」の一言がこれほど認知されていることに今でも驚いています。
今までの人生を見直して、塾を通して学び直す機会を得たり、ふと立ち止まって自分自身の未来について考えている私たち。悩みながらも進んでいる姿を受け止めて、自分のペースで良いと認めてくれる、神山だからこそだと感じています。

今回は技術を身につけることを目的としたカリキュラムとなっているので、地域と関わる機会はあまりなかったのですが、それでも神山に暮らしているとたくさんの人と知り合いになることができました。

週に一度開催される映画の会、森づくりなどグリーンバレーが主催するイベント、フードハブプロジェクトのお手伝い(畑の草刈り、阿波番茶の茶摘み、稲刈り、城西高校の地産地食弁当づくり)を通して出会う方々。住ませていただいている住みはじめ住宅「西分の家」で行われるイベントでは、神山でカフェや靴屋さん、染物屋さん、カバン屋さんを生業としている人たち。そしてその人たちがイベントを通して活躍できる場所を作るひと。多種多様な人たちに出会ってきました。

先日行われた4K映画祭では、塾生みんなで出店。同じ通りに出店しているお店の方、小学生からお年寄りまで知っている顔が多くて驚きました。知り合いの顔が見えるたび、「あ、どうも!」「元気ですか?」と声を掛け合えること、町のなかにこんなに知り合いが増えたのに卒塾後、神山から離れることに寂しさを覚えた1日でした。私の生まれ育った町も、山に囲まれた田舎町。ですが神山のように、新しく入ってくる人をすんなりと認めてくれるような空気はあまりありません。自分の仕事を自分の手で作ろうとしている人が多い神山だからこそ、お互いを認め合い、尊重しながら過ごせるのかもしれません。
 

心から大事だと思える仲間に出会って


おなじく4K映画祭にて。左から 奇才 もろちゃん 3期生の永世中立国 まぁちゃん 狂犬の威名をもつ うっちー

半年間をともに過ごす仲間の存在はとても大きなものでした。
年齢も性別も関係なく、お互いにフラットな関係で話ができる友人。大人になってからそんな存在が出来るとは思っていなかったので、長い間不思議な感覚でした。

最年少と最年長では10歳近く歳が離れていますが、誰もが同じ塾生という立場。私は最年少25歳3人組のうちのひとり。人との関わり方や、物事の考え方など、歳上の塾生から学ぶことは本当に多かったです。困ったとき、何かに対して悩んでいるとき、相談に乗ってくれたり、ただ話を聞いてくれたり。年齢を重ねて得てきた経験から具体的なアドバイスをもらえること、そんな関係にどれだけ助けられたか分かりません。私は甘えるのが苦手な性格ですが、塾生みんながお互いを受け入れ合っていて、支え合う姿勢で居てくれるので、困ったときには相談に乗ってもらったり、自分ができないことを素直に任せられたり、今までの自分ならばきっと出来なかったことが自然に出来るようになり、素直な自分のままで居られるようになりました。

また、10人の塾生は本当に個性的。それぞれの塾生の前職は、農業、自動車整備士、営業、航空業界、映像業界、DTPオペレーター、Web制作、イタリア在住と本当にバラバラです。それぞれが自分の得意分野を持っています。自動車整備士として働いていた塾生は、車の調子が悪くなると駆けつけてくれます。唯一のWeb制作の実務経験者である塾生からは、授業中に学んだことが実際の業務ではどのように活かされるのか、また自分の知識を惜しみなく教えてくれます。映像制作の現場で働いていた塾生は、今までの業務経験を生かして卒業制作のトップページに表示されるムービーの制作を行ってくれました。航空業界でお客様対応をしていた塾生は本当に言葉の使い方がきれいです。自分にはないものを持っている塾生たち。

個性豊かなゆえに、スキーランドでの共同生活、スキーランドを出てから個々に暮らし出しても、生活の面や、共用で使うレンタカーをどの家に振り分ければよいかなど、ぶつかることがも多かった3期生ですが、お互いがお互いを尊重し、受け入れあっていることは事実。個性がバラバラの「バラバラの3期生事件」は多方面で問題を起こしていましたが、卒塾後には、きっといい思い出になるのでしょう。

先日2日間に渡り行われた「Git,Suss,Gulp講座」で、代々木のモノサス本社から訪れたコーディングファクトリー部(CF)の講師陣から放たれた「仲が良いんだか悪いんだか。」という言葉は3期生を表すぴったりの言葉でした。仲は良いのです(きっと)。個々が強すぎてそれぞれ反発し合うので、まとまりがないだけなのです。

塾生とは、卒塾後の進路に悩み出した頃から、これまで以上に話をするようになり、同じ時間を共有するようになりました。

冷めた人だと思っていたのに、実はとても熱いひとだったり、そんなことを考えていたの?と思うことがあったり。あれ?こんな人だっけ?と思うことがあったり。5か月間を通してお互いをよく知ったつもりだったけれど、実はまだまだ知りきれていないことを今実感しています。人との出会いは計り知れないと感じるこの頃です。


夏休みの川遊び
 

塾を通して。わたし自身の変化

大人になるとなかなか正直な自分のままでは居られないことも多いのではないでしょうか。
周囲がこうだから、世の中はこうだから、会社の方針はこうだから等々…
入塾以前は、自分の本当の気持ちを蔑ろにして過ごしてしまっていたということは、塾生や神山で働く方と関わるなかで、一番最初に気付いたことでした。いつの間にか自分の感じたまま素直に話すこと、なにも意識せず自然に動くことが難しくなっていた自分がショックでした。

しかし、10人の塾生と日々を過ごすうちに、また、神山のなかでたくさんの人たちに出会って話をするなかで、ゆっくりとですが確実に誰に対しても正直な自分のままで居られるようになっていきました。

神山で働いている人たちは、自分の人生と、自分の仕事、自分がこの場所で生きていくことに真摯に向き合っている人ばかり。暮らしている中で、そんな神山の人たちがしている仕事の影響を目にする機会がとても多かったです。私が暮らしている「西分の家」は、「民家改修プロジェクト」でリノベーションされた家です。これは大工さん、製材屋さん、設備士、家具職人、建築士など、町の若手チームで使われなくなった民家に手を入れ、活用していくプロジェクト。所有していた大家さんが活用に困っていた西分の民家が、いろいろなひとたちの手を通して、たくさんの人が集い、若い人が暮らす家になりました。プロジェクトに関わるメンバーの真剣な想いを通して、全く違う未来になる。それぞれのプロフェッショナルな仕事を通してもたらす町への影響を目の当たりにし、自分の生き方や働き方を考える機会となりました。

地域の人と気軽に話すことや自分のことを話すこと、素直に今を楽しむこと。今までの自分には苦手なことでした。神山で過ごしていると、いろいろなイベントに声がかかるし、新しい人に出会う機会もたくさんあります。ちょっと興味があるから、とりあえずやってみよう!といろいろなことに挑戦してきました。

森づくりではチェーンソーで丸太を切ったり、姉妹塾である神山塾と一緒に行うスポーツ大会では体を動かしたり、稲刈りに参加したり、苦手なカラオケにも挑戦してみたり…具体的な何かというよりは、日々の小さな挑戦を積み重ねていくことで、自由に話し、動けるようになったと感じています。
 

今思うこと

1年前から計画をし、大きな決心をして参加した神山ものさす塾。
来年1月からは代々木のモノサスで働くことになります。フロントエンドエンジニアを目指して入塾しましたが、自分自身のやりたいこと、向いていることに焦点を当て、Webディレクターを目指すことにしました。

学生時代も、社会人になってからも実家を出たことがなかった自分。
24歳にして随分と遅い親離れをしました。

悩みながら進んできて辿り着いた今、自分の人生を自分の足で歩いている感覚があります。こんなに毎日が楽しいと思えること。かけがえのない時間をともに過ごす大切な仲間ができたこと、本当の自分を偽りなく出せること。この半年間は間違いなく自分の人生の転機となり、これから先の糧になると感じています。残りわずかとなりましたが、塾生として神山に居られる時間を大切に過ごしていきたいと思います。

この投稿を書いた人

神山ものさす塾  塾生

神山ものさす塾 塾生(かみやまものさすじゅくじゅくせい)

神山ものさす塾・塾生です。全国から集まった10名が、神山でともに暮らしながら、コーディング&ライティングスキルを身につけるべく日夜奮闘中です。

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