2016年08月

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金曜日の投稿

町山 百合香
投稿者:町山 百合香
(Webディレクター)

2016年08月05日

"タイ"に惹かれた理由、異国の地で暮らすとは

仕事と暮らし

町山 百合香
投稿者:町山 百合香(Webディレクター)

こんにちは。モノサスタイランドの町山です。
今回は、わたしがタイに来た理由と、来てからの心境の変化についてご紹介したいと思います。

「どうしてタイに行こうと思ったの?」
「ぇ。なんでタイ?」

まだわたしが日本にいた頃、よく尋ねられた問いです。もちろん質問してもらえるのは大歓迎でしたが、果たして相手の満足のいく答えを返せていたかはわかりません。なぜならわたしの答えは、

「これまで行きたいと思ったことがなかったから。」

そんな、人によっては答えになっていないようなものだったからです。
でも、わたしにとってはそれがすべてでした。

今さらながら、ここでその答えの補完ができれば幸いです。
 

生きる場所にとらわれない
そのための仕事とは?

まだモノサスのことを知る少し前、東京で生まれ育ったことも手伝って、ゆくゆくは東京以外の土地を拠点に生活したいと考えていた当時。気になっていた土地に足を運び、将来の移住先の下見をしたりしていました。


当時の移住候補地のひとつ、富山県氷見市。

思い描いていたのは、自然と活気のバランスがよいところ。
文明の利器にもあやかりつつ、人や自然のありがたみも得られそうな、そんな欲ばりな環境を求めていました。ただ、畑仕事に専念する気にもなれず、よそ者ながら移住先でなにか人の役に立てるような、場所にとらわれない新たなスキルが欲しいと考えます。

その時に浮かんだのが、WEBに関わる仕事。
奥地で眠っている素敵な土地、モノ、ひとにスポットを当て、遠いだれかに興味をもってもらうお手伝いができたなら。そんな視点で働き口を探し始めました。

そこで出会ったのが、モノサスの募集。
惹き付けられたのはまず、“神山町”というキーワード。

前から気になっていた土地で、思い描いていた生活がすでに実現された環境。そして完全なド素人でも、まずはここで手ほどきをしてもらえるかもという募集内容には驚きでした。ただ、それはあくまで研修のようなもの。今回の募集勤務地はよく見ると…“タイ”。
…ん?タイ!?それってどこだっけ。まず地図でどこに位置しているかも危うかったのはヒミツです。
 

その発想はなかった。

それまでの人生に全く無かったキーワード、「タイ」。
東南アジアに行ってみたいとすら思ったことのなかったわたしは、
1mmも想像できなかったその選択肢に、心掻き立てられます。

当時のタイのイメージといえば…
衛生的に不安。わりと苦手なタイ料理。治安は良くなさそう。年中日に焼けそう…。
そんなネガティブな印象から、頭の片隅に完全に追いやられていた存在でした。

数ある先入観。
ふと、見たいものしか見ていなかった自分に気づきます。

当時、日本の先行きへの不安や疑問から、中枢でもある東京との距離を置きたくなり、新たな生き方やそのための場所として、仕事や移住先を模索していました。
気づけば好きなものばかり選択し、決まった幅におさまっていた自分。嫌いなものや意識が向かないものに触れることで、少しでもこれまでにない見方や発想が得られるのでは…と考えたのです。

これはまたとないチャンス。
生き方の幅を拡げられるんだとしたら、今動かない訳にはいかない。
タイにはきっと、これまでの自分にない価値観が待っている…!

どうせ人生一度きり。正直怖さもあるものの、月並みな人生もつまらないと感じていたわたしは、未知のキーワードである「タイ」に飛びついてみようと決心したのでした。
 

微笑みの国とは
“マイペンライ”がもたらすもの

そんなこんなで約3ヶ月後、なんとかご縁をつなげることができまして、タイでも一番暑い時期に、念願の移住を迎えます。

4月半ば、その頃タイはソンクラーン真っ只中。
旧正月であるソンクラーンは、水かけ祭りとしても有名です。街中でみんなが水鉄砲を手に、あらゆるところで待ち構えます。ところにより店員さんも敵です。油断していると容赦なくぴゅーっとやられ、もしくはバケツをばしゃーっとひっくり返されます。わたしはなんとか逃げ延びましたが、携帯をやられてしまう人も少なくないので注意が必要です。


ひとたび外に出れば、安息の地はありません…。

人生初東南アジア。初一人暮らし。初WEB業界。
何もかもはじめて尽くしの新生活が、遂にスタートを切りました。

タイに来てまず新鮮に感じたのは、街に溢れる人の多様さ。
肌の色なんて本当に人それぞれで、ここバンコクには、多種多様な国籍の人々が多く集まっています。そのため、英語を話す敷居が低いのも嬉しいところ。ホームじゃない人が多いからか、拙い英語にも寛容です。


知人宅のテニスコートにて。友人づてに交流の輪が広がります。

そして一番よく感じるのは、人々の笑顔。
「微笑みの国」とはまさにです。

見知らぬ人でも、街中で目が合えばにこっとしてくれるし、困っているとすぐに手を差し伸べてくれます。
街での他人に対するこころの距離感は、東京にいた頃とは比べものになりません。
自分と関係あると感じる範囲が、すこしだけ広がったような感覚です。

また、例えば朝の風景。オフィスで、日本人はあまり表情を変えずに挨拶することも多い気がしますが、タイでは「そんな無邪気な笑顔をくれるのか」と思うほどステキな表情を向けてくれます。こちらも朝から、自然と笑顔です。

タイ人の性格をよく表しているのが、“マイペンライ”という魔法の言葉。
意味としては「気にしない」「大丈夫」「どういたしまして」…などなど。
タイでよく使われる言葉なのですが、これがまさに人生を楽しむ秘訣なのでは…と最近よく思うのです。

日本でのわたしは、別に気にしなくていいことまで気にしていました。
そういう時間というのは、きっと、まとめるとバカになりません。
けれど今では、気にならないことの方が多くなり、心の余裕も使える時間も増えてきました。
それもこれも、タイ人と日々接する中で自然と得られたものなのです。
 

タイで働き、暮らすこと

タイで暮らすようになって、早3ヶ月。
こちらに来てから、せっかちだった性格がゆるやかになったり、他人に前よりやさしくなれたりと、自分の心境の変化を感じます。

もちろんはじめは、暮らす中で不便に感じることも多々ありました。
これまでの当たり前が、揺さぶられる場面も少なくありません。

歩きやすい道や、かゆいところに手が届く生活はぜんぜん当たり前なことではなくて、誰かが目一杯頭をひねって、手をかけて成り立っているということ。
こうあるべきだというあらゆる前提は、自分が勝手に作り上げているだけなんだということ。

あるもの、起こることのすべては、自分の捉え方ひとつでしかない。
だからどこにいたって楽しめるし、それができない時はまず外より内を見直せばいい。
見える世界は、そこで決まるのだなと。
これが、わたしがタイに来て一番感じたことです。

正直、まだまだタイを知るには時間が足りないけれど、これからもっと踏み込んでいきたい。再度日本を訪れたら、あらためて気づく変化もあるでしょう。

どうせなら、タイでなければできないことをいつかやってみたい。
そのために、タイにいるからこそ気づけることに意識を向け、日々過ごしていきたいと思います。

この投稿を書いた人

町山 百合香

町山 百合香(まちやま ゆりか)Webディレクター

モノサスタイランド所属。入社を機にバンコク初上陸。苦手だったタイ料理も、好きなメニューが無事見つかる。英語もタイ語もできなくても、話してみればなんとかなる。今のところ日本には帰りたくない。マンガ・アニメ・梅酒が好きです。

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