2016年12月

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金曜日の投稿

神山ものさす塾  塾生
投稿者:神山ものさす塾 塾生

2016年12月02日

神山ものさす塾生が今思うこと 座談会
~神山ものさす塾・二期生だより~

神山ものさす塾

神山ものさす塾  塾生
投稿者:神山ものさす塾 塾生

神山ものさす塾2期生の赤嶺です。
今年7月に開講した神山ものさす塾もすべての講義が終了し、早いものであとは卒業制作を残すのみとなりました。

神山ものさす塾2期生は全部で10名。そのうち首都圏以外から来た塾生は半数以上にのぼります(私も大分県出身で、大分→東京→神山と移動してきました)。
最近では都会から田舎への移住や、都会と田舎の多拠点居住(デュアルライフ)など耳にすることも珍しくないです。けれども、首都圏以外から来ているものさす塾生は、自然に囲まれた生活や農業も地元で経験があったりするので、単に移住や田舎暮らしがしたい、という理由で神山にきているわけではないはず。ということは他に強い想いがあってここ神山へやってきたのではないだろうか。
そう考えた私は今回、広島県と高知県出身の塾生に声をかけ、大分県出身の私を含めた3名で座談会を開くことにしました。

入塾した当時から今までを振り返りながら、なぜものさす塾に興味を持ったのか、モノサスってどんな会社なのか、講義を受けてどう思ったのか、などざっくばらんに語り合った座談会をご覧ください。

座談会のメンバー

澤田 悠奈(さわだ はるな) 愛称:カルー
高知県出身 28歳。前職では地元の印刷出版業で絵本の進行を担当。営業もこなす。講義の一環であった神山のイベントではポスター制作もするなどイラレの達人。


羽賀 敬祐(はが けいすけ) 愛称:はがっち
広島県出身 26歳。前職では地元のセレクトショップでカリスマ?販売員として働く。写真写りがよく、絵になる男。静かな語り口ながら、鋭い言葉を紡ぎ出すオシャレ青年。


赤嶺 繭子(あかみね まゆこ) 愛称:まっちょ (←今回の投稿者)
大分県出身 羊年。 前職ではカメラメーカーに勤めながらも一眼で写真を撮ったのは、ものさす塾のカメラ講座が初めて。人の1.5倍はご飯食べてます!


田舎でWebを学ぶという選択


左:赤嶺 中央:羽賀 右:澤田 神山町農村環境改善センターの和室にて

赤嶺

講義が始まって4か月。とうとう卒業制作を残すのみとなりました。

羽賀

いやー、早いですね。

赤嶺

うん、4か月。講義もう終わったんやなーと思って。

澤田

ほんまやね。

赤嶺

私は大分出身ですが、澤田さんは高知から、羽賀さんは広島から神山に来てどう?

羽賀

場所…そうですね、たまたま今回神山だったけど、なんか行ったことのない場所に来た、っていう…感覚ですね。

赤嶺

モノサス(会社)や、ものさす塾に興味があったのであって、神山はたまたまでした。

羽賀

僕はものさす塾をこの田舎の神山でやるというとこに興味を持ちましたね。
東京でものさす塾やってたら、受けていたかわからない。組み合わせの意外性というか、田舎で Web? みたいな。そこに面白さを感じました。
田舎に興味があったわけではなく、どっちかというと都会に興味があったぐらい。田舎である意味都会的なことをやるっていうところに、面白さとわくわくを感じました。

澤田

まず基礎を知りたかった。Web の知識として。あとWeb をどう使うかっていうところに興味があった。Web サイトを作り上げるというよりは、どう使っていくのか。
あと、「中の人」になるというのがどういうことか知りたくて。
※中の人・・・する・されるの関係ではなく当事者になること

赤嶺

神山はもともとサテライトオフィスで有名だったし、神山塾の存在も知っていたから、Web + 神山ってイメージはつきやすかった。
私は林さんの「共に生きたい人と働く」っていう言葉にひきつけられて。次転職するなら、働きたい人と働こうとずっと思ってたから。それをそのまま書いてる人がいる!と思って。この言葉に感化された人たち(塾生)に会ってみたいと。

塾生から見た“モノサス”という会社


モノサスと塾生がお互いを紹介しあう"1Dayミーティング"のようす。モノサスの組織や部署のことを塾生に伝えたり、塾生がモノサスメンバーに自分のことを紹介したりと、お互いが知り合う1日となった。

澤田

羽賀くんは、都会の会社がなんで田舎で塾をやるんだ?と興味がわいたということは、ちょっといいかもって思ったということ?

羽賀

そうですね。いいかもって思いました。

澤田

その「いいかも」が実際に来てみて、正体がわかってきた?

羽賀

モノサス自体もまだ模索している段階で、いろんな生き方や働き方をチャレンジしに神山にきているんだなっていう印象はありますね。
実際サテライトオフィスもできて、これからここでどうやっていこうかと考えてる途中にみえる。生き方を模索している人たちが集まっているものさす塾と共通する部分はあるのかなぁって思いましたね。

澤田

イメージ変わった。ものさすサイトの「正直な今」として書かれた記事って、すごく良すぎて、逆にあまりしっくりきてなかった。でも本当にみんな「正直な今」で必死にやっている会社なんだなぁというのは、塾に来なければわからなかった。

赤嶺

うん。働き方だったり暮らし方みたいなところを考える機会がたくさんあって、本当に共に生きたい人と働くことを実践している会社なんだなぁって。


講義を通してみえた本当の自分

羽賀

西村さん※の講義は印象、強いですよね。(一同:うなずく)

※西村 佳哲(にしむら よしあき)さん
1964年東京生まれ リビングワールド代表、プランニング・ディレクター、働き方研究家。
2014年から神山町で暮らし始め、著書に『自分の仕事をつくる』『ひとの居場所をつくる』など。
第2期神山ものさす塾では「人の話の聞き方」について教えてくださった。

羽賀

あそこまでちゃんと意識して、人の話を聞くことにとことん取り組んだことがない。
全然自分って人の話聞いてないなぁ、聞いてなかったなぁ、っていうのは感じましたね。聞いているつもりだったけど、ちゃんと聞けてなかった。

赤嶺

西村さんの講義はどちらかというと自分に問いながら消化していった感じ。聞き手としては本当の意味で人に関心を持つことを学びました。
話し手としては…私、自分をさらけ出すのが本当に苦手で、でもさらけ出せるようになったのは西村さんの相手についていく聞き方が大きかったのかなぁって思う。インタビューって人を知ることができて面白い。

澤田

人の話を聞くとき、「今私、先回りしたな」と後味が悪いからなんとなく気づくけど、ちゃんと整理して教えてもらったのは初めてな気がする。より意識できるようになったのは良かった。人に関心を寄せるというのは久しぶりな感覚。

あと講師がいると思うと身が引き締まるときもある。下手したらだめだな、みたいな。下手したらだめだなと思うと、自分に意識が向いてる感じがするし、そうなると人の話聞いてないときも多かったなぁって反省した。

赤嶺

「下手したらだめだな」というのが私も最初はあって、うまくやらんといけん、みたいな。コーディングもうまくやらんといけん、ライティングもうまく書かんといけん…。その前提がなかなか外れなくて、そればかり気にしてた自分がいたかなぁというのは思っていて。
でもここは「失敗する場所」ではないかと。今失敗しなくていつするんだと思って、それからちょっと楽になったかな。

澤田

社会人になってなんとなく自分のやり方とか、自分の好きなものとか分かってくると、どうしても頭でフィルターをかけて聞いたりとか。そういうところから人との関係が希薄になっていったりするんだろうなぁと。

赤嶺

社会人になってから特にそれが顕著になったかな。どちらかというと、仕事は仕事、プライベートはプライベートできっぱり分けた生活をしてきたから、そこが交わらないとどうしても関心が持てない。仕事だからこのくらいの関係でいいやって。一日の大半を働いて過ごしているにも関わらず誰に関心を寄せることもなく過ごしてきてしまった。

羽賀

ライティングやインタビューを通して、人を知る機会っていうのが今すごくあるじゃないですか。その中で人を知って、結果自分のことも知れるというか、そういう感覚ありますよね。(一同:うなずく)
話の中で自分自身気づかされることがある。やっぱり自分のことって一番自分が分かってないような気もするから、それを人を通して教えてもらっているのかもしれないですね。


越えるだけじゃないハードル

羽賀

林さんの言葉で印象的だった言葉があるんですけど、「やれるかを考えるのではなく、やるんだと決めること」が大事だっていう。その言葉はすごく深く自分の中で心に響いたというか。
今まで僕は、できるかどうかとか、そういうことばかり考えちゃって、結局行動に移せなかったんですね。でも今回神山に来るというのもひとつ、行動に移せたということだし、これからどうなるかはわからないけど、よしやろう!って考えられるようになった。

澤田

それって結構大きな変化じゃない?そのハードル高いと思うんだけど。

羽賀

高いですね。そのハードルを越えられてるかはわからないけど、越えようと…決めること。

赤嶺

覚悟みたいな?

羽賀

覚悟っていうと大げさですけどね、腹をくくるっていう感覚とは違う、もっとシンプルに考えるというか。

澤田

「腹をくくる」みたいなことが自分の中ではヘビーで。だからシンプルなのがいい、動きやすい。そんなことをモノサスは教えてくれた気がして。
林さんが 1dayミーティングの時に、最善の選択を相談して話し合って本音でしゃべって決めようって言ってくれたおかげで、「腹をくくる」ことがそんなに重荷じゃなくなった。

赤嶺

別にモノサス来てもいいし、他の仕事をみつけてもいいしっていう林さんの言葉は楽にさせてくれたよね。

羽賀

ハードルって越えないといけない、というのがあるじゃないですか。でもハードルって下からくぐってもいいし、何だったら横からこう避けていってもいいし。

赤嶺

それいいね。多分ハードルに足ひっかけてコケてもいいんだと思う。それでも越えるから。


走り方を教えてくれる仲間たち


神山サテライトオフィスのオープンを前に、ものさす塾生全員で最後のお掃除。サテライトオフィスは、壁を抜いたり、漆喰を塗ったりみんなで作った。

赤嶺

でも私の場合、ハードルを越えた後に走り続ける方がきつかったりする…これ、私の課題です。

羽賀

歩いて行ってもいいんじゃないですか。走らなくても。途中でドリンク補給してもいいし。

赤嶺

そっか。なんかエンジン全開でいかなきゃみたいなところがある。
走り方に種類がなくて…それは変えたいなと思う。そっか、歩けばいいのか。

澤田

それを周りがわかってくれるだけでいいんじゃない?
私多分、一番後ろでちょろちょろついていくタイプ。だからバテもせず、急ぎもせず。

羽賀

僕は最初、結構あまり遅れをとらないように踏ん張るんですけど、結果それに無理が出てきて、自分のいいペースを保っていく方法に切り替えるというか。

赤嶺

無理しないと決めたとき、やっと自分になれる気がする。これでいいのだ!みたいな。自分のペースを知ること、これでいいのだ!って思わせてくれた人たちがいたことに感謝です。


正直になれる場所

「どんな思いで神山に来たのかを語ろう」と開いた座談会。気づけばここに至るまでに抱いていた葛藤や迷い、神山に来て自分を知るという経験をしたこと、そしてそこには受け入れてくれる仲間の存在があったことを語っていたように思います。

神山に来る前の私と、今の私。場所を変えるだけで何が変わるのだろうと正直思っていました。しかし、「場所を変える」ということは想像していた以上にたくさんの変化をもたらしました。

一番大きかったのは、正直になれたことです。それは人との付き合い方やものの考え方、生き方そのものにさえ大きく影響を与えたように感じます。座談会を通じて見えてきた私たち塾生の”正直な今”は、誰もが抱える悩みだったり、胸の奥底で共通する思いだったりします。

そんな時、私にとって正直になれた場所はここ神山でした。

社会人→塾生→社会人と、私はこれからまた社会人へ戻ります。でも神山に来る前の社会人の私を今は懐かしく思います。きっとこれからの私の働き方のカタチにも影響を与えることでしょう。

この投稿を書いた人

神山ものさす塾  塾生

神山ものさす塾 塾生(かみやまものさすじゅくじゅくせい)

神山ものさす塾・塾生です。全国から集まった10名が、神山でともに暮らしながら、コーディング&ライティングスキルを身につけるべく日夜奮闘中です。

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