2017年01月

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金曜日の投稿

瀧塚 類
投稿者:瀧塚 類
(Webディレクター)

2017年01月06日

タッキー、タイ歴6年です
〜熱帯雨林で仏教学び水牛の横でコーディング、ニューハーフさんとモーニング〜

仕事と暮らし

瀧塚 類
投稿者:瀧塚 類(Webディレクター)

はじめまして。2016年11月からモノサスタイランドの一員となりました、瀧塚 類です。
愛称はタッキーです。長いもので、もうタイに6年間住んでいます。
今回は、なぜわたしがタイに来たのか。そしてタイで長期間なにをしていたのか、
普段は何をしているかなどをご紹介したいと思います。
 

きっかけ

わたしがはじめてタイに来たのは17歳の時ですので、タイとの付き合いはすでに人生の約半分を占めています。
母の友人がバンコクでゲストハウスをしているというので、招待されたのがきっかけでした。
そこでたくさんのタイ人友達ができましたが、双方片言の英語なので表面的な会話のみ。
彼らともっとコミュニケーションがとりたい。深い心と心の会話を...!
それがタイにはまるきっかけとなりました。

丁度そのころ進学を考える時期でしたので、迷わずタイ語を学ぶことのできる東京農業大学に入りました。
その大学はタイに姉妹校もあります。しかしタイ語の授業を受けてみたものの、1時間でドロップアウト...
こんなの生きたタイ語じゃない!そうだ留学しよう。
 

熱帯雨林での日々

就職にまったく興味のなかったわたしは、大学院へと進み1年間タイへ留学します。
しかし教授は言いました。「タイ語のため?なに言っとるか。研究しなさい。」
大学院は研究をするために行く場所なので、タイ語の勉強のために留学したいと言ったらそれは怒られます。

仕方ないのでタイ文化の研究でもしようかなと考えていると、教授の「タイの仏教的農業開発とかどうなん?」
という薦めのもと、面白そうなのでそれをテーマにしました。

ちょうどその時期です。タイのゲストハウスで知り合った現地法人の社長さんから「webサイトの勉強してみない?」
というお誘いを頂き、興味があったので本を片手にHTMLとCSSを勉強し、社長さんと共にHPをいくつか作ることにしました。
デザインを自分で決め、それの通りにどうやったら組めるかを考えるのは楽しく、紙にソースを延々と書き出していたのを思い出します。

ここから仏教と農業とWeb、そしてタイという盛りだくさんな生活が始まります。
1年間タイのカセサート大学の大学院で研究をしながら、毎日タイ語のレクチャーを受ける日々を送りました。
ときには熱帯雨林の森の奥で連日瞑想の修行をしたり、お坊さんから仏教を教えてもらったり。


お世話になったお坊さん


お寺まわりの風景...

またあるときはタイ東北部の農業経済を調査。そしてまたあるときは草を食む水牛の横でHPの制作をしました。
2011年の東日本大震災のときにも、わたしは森のお寺にいたのです。
 

チェンマイでカフェ経営

すっかりタイ化していた私は、初就職もチェンマイ。
果物工場で働き、仲の良い友達もできました。
友人の実家が賭博場だったことには多少なりとも驚きましたが、みな家族の一員のように優しく親切に接してくれます。
毎日のように彼の家に行ってはごはんをご馳走になりました。
休みの日にはゾウに乗りに行ったり、タイの聖山と呼ばれるドイ・ステープや近くの滝で遊んだり。


ゾウのお鼻はザラザラです


金ぴかのお寺 ワット・ドイ・ステープ

ある日のことです。わたしはお気に入りの服を買ってウハウハしていました。羽根が生えたように足取り軽やかに道を渡っていると、丁度そこにバイクが!
見事に跳ね飛ばされ鎖骨を折りました。
もろもろの気力が完全に失せ、会社を退職しました。もう日本へ帰ろうかなと思いました...が、やはりタイは楽しかった。
そのままチェンマイに滞在し、付き合っていた彼女(タイ人)としばらく休養がてらカフェをすることになります。


ソンクラーン時期のカフェ前(ぼやけすぎ)

ホテル前の小さなスペースを借り、毎朝コーヒーや紅茶、果物ジュースを売ります。
お客さんは白人がほとんどですが、中にはマッサージを習いに来る日本人のお客さんもいました。
途中から知ったのですが、わたしの開いていたお店は近くにニューハーフパブが多く並ぶ界隈でした。
印象的だったのは朝、出勤帰りのニューハーフさんが毎日アイスティーをジョッキで一気に飲みほしていたことです。
彼女はわたしがお店をしている間に何度も失恋を経験し、そのたびに朝っぱらから周囲に響きわたるくらい大きな声で歌っていました。


付き合っていた彼女と語学勉強ノート。上がタッキータイ語、下は彼女の日本語
(このあと、2点しかくれないのはさすがにひどいとキレて喧嘩しました)

カフェはとても楽しかったのですが、オフシーズンともなるとだんだんと客足も減っていき...やがて貧乏になりました。

セブンイレブンで貰うスタンプを集めて物を買ったり、5バーツで一日過ごしたり、隣の家の青パパイヤを失敬したり、
大の大人が本気になる賭けカブトムシ相撲で「幸運のお守り(?)」として友人に付いていきお小遣いをもらったり。
(ちなみに負けたカブトムシは炒って食べます)
それはそれでとても楽しい生活でした。

でもやっぱりお金が足りないね...というわけで友人の紹介でバンコクへ。
IT系の会社へ就職し転職、今に至ります。
 

今わたしが思うタイ

バンコクは田舎に比べて、とても便利で暮らしやすい場所です。小腹が空いたら東京と同じようにコンビニがすぐ近くにありますし、
ローカルタイ料理なら一食30バーツからあります。
日本食が恋しくなったら日本食スーパーで買ってもいいですし、BTS沿いにデパートもありすぐに食べに行けます。
仕事で疲れたらエステやマッサージ屋さんがあちらこちらにありますし、日本のカラオケや漫画レンタル、映画館なんかもあります。
生活については、物価は高いですが何も心配いらないくらいとてもとても便利な場所です。

これが田舎ともなると、手つかずの雄大な自然の中で
まず水浴びがカメに貯めた水か近くの川、ごはんは稲を刈り野草やバナナ・パパイヤの採集と逃げ回る鶏を走って追いかけて捕えます。ふくろうを獲ったりも...。


にわとりとひよこ。足速い

日用生活品は耳の遠いおばあちゃんが座っている小さなお店で購入します。おつりはお客さんが「○○バーツだよ」とおばあちゃんに教え、おばあちゃんはもぐもぐしながらお金を一枚ずつ、ゆっくりゆっくり時間をかけて数え...待てない!
夜はホタルや星、犬の遠吠えの鑑賞会です。


雄大な自然(チェンマイ・ドイインタノン)

どちらも違った楽しさがありますので、そこもタイの魅力の一つかと思っています。

最近はバンコクの中心に暮らして文明の利器も手に入れ、スーパー現代人的社会生活を送りながら小説や脚本なんかを書いています。
趣味で終わらないよう、わりと本気で書いています。日の目を見ることができますように。
 

将来の夢

数年前ならば、このままタイに永住して骨を埋めてもいいかなと考えていました。
ですが最近は他の国にも行きたい、住んでみたいという欲求が高まっています。
出来ればヨーロッパ圏に行きたい。そのために語学力を高め、自分の力でできることを増やしたい。
Webが好きだから、勉強して知識を増やしなにかに活かしたい。
将来の夢は世界を股に掛けたホテル暮しです。

モノサスタイに入って日本人・タイ人スタッフが共に切磋琢磨しながら一つのものを作り上げ、お互いの成長を喜ぶ姿を目の当たりにし、わたしの成長意欲も高まるばかりです。

この投稿を書いた人

瀧塚 類

瀧塚 類(たきづか るい)Webディレクター

モノサスタイランド所属。いつのまにか全身にタイの匂いが沁みつきました。 森と水遊びとインコとアイスコーヒー、電子機器が大好きです。 自由で気ままな生活が好きです。小説も書いてます。

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