2017年06月

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水曜日の投稿

上森 拓
投稿者:上森 拓
(デザイナー)

2017年06月21日

「デッサンの眼」
〜デザインの現場からみたデッサンの有効性〜

デザインの目のつけどころ

上森 拓
投稿者:上森 拓(デザイナー)

デザイン部の上森です。

私は高校卒業後、美術系の専門学校に通っていました。
学んだことは、美術やデザインに関する学術的なことが多かったように思います。
色彩学、構成学、写真学、美術史、デザイン史、デッサン。どれも自分が目指している “デザイナー” というものになるための必須知識なのだと思って、熱心に学んだ記憶があります。

より実践的なことを学びたくなった私は、学校で学ぶかたわら、デザイン事務所で働き始めます。
するとどうでしょう。今考えると当然ですが、全然使い物にならないのです。「学校は何を教えているんだか・・・」なんて上司にぼやかれる始末。

私はデザイナーになる為にデザインの勉強を頑張っていたのにも関わらず、学校で学ぶ学術的な「デザイン」と実際現場での「デザイン」に大きなギャップがあるということに気づくのでした。

視覚表現として何が素晴らしいかを追求する学術的なデザインは、現場では知らなくてもよいとすら思えました。現場では美学の追求よりも、商業としてデザインを扱うにあたり、知らなければならない知識や技術があまりにも多く、学校に行く意味を見出せなくなるほど私は落胆したのでした。

しかしながら、一つだけ、現場でのデザインにいち早く役立ったことがありました。
それはデッサンです。デッサンから学んだことは、学術的なデザインと現場でのデザインの間にあるような、両者の架け橋になるようなものでした。

嘘をつく。

そもそもデッサンとはなんなのか。
手元にある広辞苑を開いてみると「絵画・彫刻の着想の大体を描き表す下絵。素描。」とでてきます。私の認識では「目の前にあるものをすっごくリアルに描くこと」なのですが、現場で役に立ったことはすっごくリアルに描くこと自体ではなく、その過程で得た考え方や手法でした。

「素描」なんて言われると、見えるものをそのまま紙に写し込む事と思われがちですが、私の経験ではそのまま見える通りに描いても上手くいかないのです。リアルにならない。

私の場合は、そのものがそのものらしく見える様に「ない物を追加」したり「実際よりも強調」したりします。要は嘘をつきます。

例えば、そのものがグラスなのであれば、ツルっとした質感を強調するために本当はない映り込みを追加したり、ハイライトを実際に見えるよりもハッキリと入れたりします。

過度な強調やデフォルメまで行くと、イラストレーションの領域になるのかもしれませんが、そのものをそのものらしく見せるには実際よりも強調や演出をする方が、ありのままをありのままに描くよりもリアルに見えるのです。

この「嘘をつくことでそのものをそのものらしく見せる」という考え方はデザインをするにあたっても活かされました。それは、特に写真を扱う時です。

写真でも現実にあるものをそのまま写してもリアルにならないのです。
リアルにならないという表現以外で表現すると、心が動かないという感覚でしょうか。絵として感動しないのです。

この写真をどう魅せたいのか。ということを意識して、そうみえるような嘘をつく必要があるのです。それは撮影する時なのか、後から補正する時なのかはそれぞれですが、例えば海の写真。カラッとした夏のイメージとするならば、空と海を現実よりも青く、砂浜は太陽が反射しているかのように実際よりも白く。全体的にはコントラストと彩度をあげる。といった処理をします。

実際の海や空はそんなに青くなく、砂浜は茶色だったりします。でも人が持っている夏らしい海のイメージは青くて白い。ありのままの現実を見せるのではなく、人が持っているイメージに近づける必要があるのです。

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嘘をついた方がリアルに見える。
リアルから遠ざかるようなことをしているのになぜリアルに見えるのでしょうか。それは、人間はありのままにものを見ているのではなく、「見たいように見ている」からだと思います。目で物を見ているのではなく、脳で物を見ているのかもしれません。デザインでは、そんな人間の見方に寄せる必要があると思うのです。

探す。

デッサンをすると、観察眼が養われます。
ここでいう観察眼というのは、鳥の目、虫の目に似た事なのですが、細部を見る目と全体を見る目、そして細部の集合体として全体が成り立っているという事を把握する為の目。といった事です。
別の言い方をすると、「そのものがそう見える原因や理由を探す目」です。

私たちの目(脳)は、光や色、距離など、あらゆる環境を踏まえ、総合的にそのものを認識しているのですが、デッサンをするにあたり、何故そのものがそう見えるのか。という理由を探す事が重要になります。

簡単な例を挙げると、

・暗いものは重く、明るいものは軽く見える。

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・境界線が明確だと硬そうに見える。境界線が曖昧だと柔らかそうに見える。

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・大きいと近くにあるように見える。小さいと遠くにあるように見える。

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といった見え方を総合的に捉えてものを認識しています。つまり、デッサンを上手く描くには、そのものの見え方を構成している要素を探していく作業が必要なのです。

現場の仕事では、「コレみたいな感じでよろしく」と参考のデザインを渡される場合もあれば、「やわらかい感じで」「スピード感がある感じで」といったニュアンスで伝えられる場合もあります。

そのような依頼を受けてデザインを制作するにあたり、デッサンから養った目を活かすと伝えられたニュアンスを上手く反映することができました。

まずは、「『コレみたいな感じで』と渡された参考のデザインが『コレみたいな感じ』たらしめる理由」を探します。参考のデザインを眺め、色味や形、写真のトーンや要素の間隔など、デザイン全体を構成する要素それぞれの特徴を把握していきます。

色でいえば、寒色なのか暖色なのか無彩色なのか、色の合わせ方。形では直線なのか曲線なのか線のタッチは。写真は。それぞれの要素の間隔が詰まっているのか、間隔をもたせてゆとりがあるのか。etc…

このように細部を捉え、全体を構成する要素(『コレみたいな感じ』たらしめる要素)を把握し、抽出することで、参考に近いニュアンス、デザイントーンを反映させることができるのです。

気づく。

デッサンをしていると目が良くなります。といっても視力が上がるということではなく、目の感度が上がる。といった感覚です。今まで何となく見ていたものが、より立体的に感じるような・・・何とも言い難い感覚なのですが、私はそんな感覚を得たのでした。

具体的に仕事に活かされた。ということではないのですが、この感度が良くなった目は、デザイナーとして良いことだと思っています。
なぜかというと、世の中にあるもの(デザインに限らず)が、どのような見え方・見せ方をしていて、どのような効果を得ているのかを気づくために有効だからです。

ただの四角い箱だって、大きさや質感で印象が全然違います。それはこの大きさだからなのかとか、この質感のせいなのかと、見るものを分析できるのです。

最近の経験では便器を見ました。
なんとなくその便器は清潔な感じがしたんです。
よく見るとその便器はフチの溝がほとんど無いんですね。普通の便器は、水の跳ね返りを防ぐためにフチに深い溝がある。しかし、その便器は水流が渦巻き状に流れるためか、フチの溝をほとんど無くしても問題が無い様子。溝が無いと影が無いんです。すると便器が明るい。清潔感はこのせいかな?なんて考えたりしています。

このように、影が無いから明るい→陶器の質感が強調される→清潔感を感じる。のようによく見るとそのものが与える印象の原因が見つかるのです。

デッサンをすると物の構造に目がいくようになり、自然と注意深く見る癖がつくのかもしれません。

忘れる。

社会人になってからもデッサンはしばらく続けていましたが、忙しくなると回数が減り、最近はご無沙汰になっています。デッサンをデザインの仕事に活かしたテクニックやコツは仕事をしている限り忘れることはありませんが、先ほど述べた目の感度に関しては、デッサンをしていた頃の方が良かったと思います。目を鈍らせないためにもまたやらなきゃなぁと思うこの頃です。

都内には沢山のデッサン教室があります。大人でも未経験者でも気兼ねなく通える場所が多くあります。紙と鉛筆と消しゴムだけで始められますので、良ければいかがでしょうか。デザイナーでない方でも新しい物の見方が出来るようになるはずです。私としては是非とも、感度の良くなった目というのを体感して頂きたいかぎりです。

この投稿を書いた人

上森 拓

上森 拓(うえもり たく)デザイナー

デザイナー。東京生まれ。いまのところ中野区民で自転車通勤。お酒はビールが好きです。昨年リラックマボウルを11個集めるという偉業を達成した。

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