2018年05月

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火曜日の投稿

門脇 夏美
投稿者:門脇 夏美
(コーダー)

2018年05月01日

「少年老い易く学成り難し」
- 実りある人生にむけて、いま考えるあれこれ -

TOPICS

門脇 夏美
投稿者:門脇 夏美(コーダー)

こんにちは。コーディングファクトリー部、コーダーの門脇 夏美です。昨年12月に第3期・神山ものさす塾生を卒業してモノサスへ入社し、5か月が経った今、先輩たちの背中を追いかけながら毎日頑張っています。

振り返ると、ここに至るまでは模索の連続でした。働くことや暮らしのこと、人生どうありたいか、どう生きたいか。それらを考えることはずっと続いていて、決定的な答えに辿り着くことはありません。そしてこれから先も考え続けていくのだろうと思います。

今回は、あれこれ巡る生き方や働き方の「模索」について、25歳の今の私が考えることを綴らせていただきます。

1. 生き方の模索
- 価値観ってなに?人生の目的ってなに?-

今年からモノサスへ入社し、現在は代々木のオフィスで働いています。自宅から会社までは2kmほどで、会社の先輩にもらったカッコイイ自転車で毎日清々しく通勤しています。

大学で地理学を専攻していたこともあり、日常的に目に映る風景を見てぼんやりと考えることが大好きです。自宅の周辺は緩やかな起伏があって、古地図で確認すると旧河道(昔は河川だった場所)であったことがわかったり、京王線の駅名が東から順に「初台」→「幡ヶ谷」→「笹塚」と土地の起伏が駅名に表れていたり。

いま一番興味があることは、地域の人たちの愛郷心です。飲み屋に立ち寄ると、町内の人たちは自分たちの町に高い誇りを持っていることがわかります。「東京都民」や「渋谷区民」であるというよりは、「本町(大字)民」の人という意識です。そういう意識は、長く住んでいるほど強く感じやすいようです。大都会・東京も例外なく、地の人ほど自分の地域を狭く捉えるものだなぁとしみじみ感じています。


本町一丁目商店街。同期のうっちーと呑みに行くと、店主の方から手を振ってくるほど友達が多い。塾では「狂犬」という異名を持ちましたが、彼の社交性には一目を置いています。

高校生の頃は、ドイツの気象学者ケッペンが考案した「ケッペンの気候区分図」という地図を眺めるのが大好きでした。地球の自転は気候に影響を与え、気候は地形に影響を与え、それが暮らし、文化、食事、慣習、考え方や価値観にまで影響を与えます。

大学に進学して間もなく、自然地理学を専門とする教授にこんなことを言われました。

「ある人が突然日本にやってきて、米を食べているなんて可哀そうだからトウモロコシを与えてやろう、と言ったらどうする。君たちは、喜んでトウモロコシを食べるか。」

何に価値を置くかは人それぞれで、何を幸せと思うかも人それぞれ。そして、価値観は人に押し付けることなく、相手の幸せを想うのであれば尊重せねばならない。この時初めて、「価値観」というものについて考えました。

昨今は数十年前と比べて価値観が多様化しているといわれますが、正直なところ、どう変わったのかはよくわかりません。しかし、言われてみると確かに、お金持ちであることや、学歴や安定した職に就いていることなどの単純な指標に約束されたものはなく、それほど信じていません。むしろ、それらに固執することは、少々かっこ悪いことのようにさえ感じるくらいです。

そうは言っても、幸せの指標を「自分で」決めるというのは、大変に難しいです。責任が伴うことと、選択肢が多く、ついつい欲張ってしまうからです。何に価値を置いて生きるか、何を目的として生きるかというのは、自分自身のことでありながら深層的で即座にはわからないのですが、いまのところ私が求めるものは「絶対的な心の安心や安定、精神的で道徳的なもの」だと思っています。

心に余裕がなくなったときは、瞑想やお坊さんの説法を聴きにお寺へ行きます。また、小さい頃から空手道や剣道の指導者に精神論を教わってきました。大好きな地理やコーディングなど、理屈っぽく考えることが好きだと思っていたので、自分が精神的なことを好む人間だと気づいたときには少し驚きました。

移ろいはあるかもしれませんが、これから先も心の安心や安定を求めて選択を続けていくのではないかと思っています。

2. 働き方の模索
- 安心と安定のために -

小学6年生のとき、教科書を見て衝撃を受けたことがあります。数十年前は 6~7人で1人のおばあさんを抱えていたが、将来は 2人で1人のおばあさんを抱えるという、年金問題に関する内容でした。私たちの世代は、祖父母や両親世代に比べて経済的に厳しく、女性もしっかり一人前に稼ぐ時代に生まれたのだなと、ちょっと面倒臭く感じたのを覚えています。

自分が生まれ育ったように、私も結婚して子どもを産んで、子育てもしてみたいです。また、人生100年時代と言われるように老後は長いので、しっかり貯金もしたいです。これらは、価値観をより具体化した「幸せのための指標」だと考えています。私の場合、働くことはそれらの指標を満たすための手段であり、それはさらに価値観も満たします。

もともと、働く理由は「安定した家庭を持つため」でしたが、働くことと家庭を持つことは相互に関係しながら、いずれも似たような「安心」を得られるのではないかと考えるようになりました。例えば、経済的な安心と社会的な安心です。

家庭を持つと稼ぎ方も使い方も工夫するため「経済的な安定」が得られると思っています。そして、家庭を持つという「社会的な安心」も得られます。現時点ではすべて想像ですが、幸せそうというイメージだけでなく、これらのような安心も得られるのではないでしょうか。また、家庭を安定させるためには働くことも必要で、働けば家庭を持つ環境が整うという、まさに双方に関係しています。

以上のようなことを考えて、たどり着いたのが Web 制作の仕事でした。
具体的には2つのことが必要だと思ったからです。

1. 家庭に重きを置くのであれば「移動に柔軟」であること
家庭を持ちながら仕事を続けていくには、引っ越しや、場合によっては自宅での作業が選べるほどであるのが理想的です。Web制作は本来場所を選ばない仕事なので、選択次第ではそれが可能だと思っています。

2. 長く働くためには「好きな仕事をする」こと
好きな仕事をすることは、仕事を長く続け、できるだけ稼ぐためです。それは、家庭のみならず退職後についても大切なことです。Web制作が長く続けられる仕事かどうかはまだわかりませんが、過去の経験から慎重に選択しました。

働くことは毎日のことなので一喜一憂もありますが、しっかりと人生の目的を心に留めねばならないと思っています。

3. 自然体であることの模索
- 考えるより感じる -

冒頭で書いたように、私は昨年末まで第3期・神山ものさす塾生として徳島県神山町に住んでいました。今は新宿の高層ビル群を横目に通勤しているので、大変なギャップです。そのせいか、神山町の風景や出来事を思い出そうとすると、まるで夢だったかのような不思議な気がします。半年間という時間だけぽっかりと空いているような、あの半年間だけ時間の速度がゆっくりだったような。ん~、なんともうまく言えないのですが、とにかく現実だった感じがしません。

塾の最初の1ヶ月は塾生全員で共同生活をしましたが、その後は各自で見つけた家を借ります。私は、同期の2人と共に鬼籠野地区にある「西分の家」というシェアハウスで暮らし始めました。


シェアハウス「西分の家」で共同生活をした5人。ちょっと家族っぽい感じで、素朴な団欒が楽しかったです。おかずを分け合ったり、みかんジュースの飲み比べをしたり、しっとりと語らったり。



神山町でお世話になった方々。ときどき西分の家でご飯を食べて、時に趣味の話や、時に相談に乗ってもらっていました。神山町への溶け込み方がわからず、たじたじだった私たちに、本当に優しくしてくださいました。

神山町とひと口に言っても面積はずいぶん広く、モノサスのある渋谷区の11倍ほどの広さがあります。私は運転免許を持っていないので、私の意識はもっと狭い範囲にあり、神山町の住民というより鬼籠野地区、さらに言うと西分集落の住民という感覚でした。

町内のコミュニティにあまり積極的ではありませんでしたが、その分、日々の暮らしや趣味の音楽はめいっぱい楽しみました。特に、音楽仲間たちとは、町内外のイベントで演奏したり、町のカラオケに楽器を持ち寄ってよく遊んだものでした。



写真左から、千ちゃん(梅星楽校:歌とピアノとフルート)、私(バイオリンとジャンベ)、たっつぁん(Sansan株式会社:エレクトーンとトランペット)。みんな少し音感があり、誰かが何かの曲を弾き始めると、ほかの二人もすぐさま合わせて弾いていました。

また、家で過ごすことも楽しかったです。掃除や共同で使用している物の洗濯、楽器と昼寝。暮らしと静かに向き合うことは、満足感でほくほくとした気持ちでした。「ある」ものに満足し「ない」ものはあるもので工夫する。自然に、素朴に、粛々と。いかに「生きたお金の使い方」ができるかも工夫の一つだったように思います。


塾に向かう時にふと撮影した風景。秋頃までは片道45分を徒歩で通っていました。

3期生のみんなは個性が強く、私も例外なく個性を発揮していました。上手くやるというより、本気、本音を交わす場と理解していたからです。

経験を積んだり見聞きしたりすると、いろんな要素が付け加わって自然体がどんなだったかがわからなくなるときがあります。そんな時は、何が自分にとって心地よいのか、自然体なのかを思い出そうとするのですが、それがなかなか上手くいかず、ついつい頭でっかちになってしまいます。

塾では、いろんな出来事があって感情が忙しく、頭が感情に追いつかない毎日でした。考える間もなく感情がやってくるので、都会にいる時よりもあれこれごちゃごちゃ考えることがずっと少なかったです。その分、今まで見て見ぬふりをしていた自分の悪いところとも向き合うようになりました。弱い自分を受け入れたり、受け入れられなかったり...時に人に迷惑をかけたこともありましたが、本当に周囲の人に救われました。

ものさす塾も神山町も、考えるより感じることの多い貴重で濃厚な時間でした。これから先も、心地よさを探りながら過ごし、自分にぴたりと合うものを見つけたいです。

4.そしてこれから
- いまここに集中する -

卒塾を前にモノサスへの入社を迷っているとき、塾の事務局だった岩木さんに「選択に正しい、正しくない、はない。選んだことが次の自分を作っていくということでしかない。」と、教えてもらいました。私は今、入社を選び自分を作っているところです。コーダーは技術職なので、今はとにかくひたむきに技術を身に付けねばなりません。

技術的なことも、それ以外のことも「ものさす」という場所を借りて勉強させてもらっています。幸いにも未経験の技術者を受け入れる文化があるため、コーディングファクトリー部(CF部)の先輩方は、つたない後輩に大変優しいです。CFでは入社後の半年間、メンターの先輩にOJTをしてもらいます。私のメンターは、菅野さんです。


菅野さんもまた、未経験からものさすへ入社。今はCFに欠かせない、みんなの頼れる先輩です。

菅野さんは、コーディングはもちろんのこと、仕事全般において鮮やかです。周囲からの信頼が厚く、お客様のところへ打ち合わせに行くと担当の方をほっと安心させています。本当なのか冗談なのかわかりませんが、菅野さんはCFの「トップコーダー」と囁かれています。(ただし、本人は否定していて絶対にそのことを認めず、真相はわかりません。)

なぜ菅野さんがそう思われているのか、いろんな部署の先輩に聞いてみると、「コードがきれいで使いやすいから」「一番売り上げているから」「いつも完璧だから」「絶対的に信頼できるから」と、多数のご意見。

どの方面からも信頼されていて、本当に尊敬します。目標にするには途方に暮れるほど、あまりに高い評価なのですが、技術的なことや周囲への振る舞いを見習って、早く一人前になりたいです。

「少年老い易く学成り難し」。
謙虚に学び、しっかり悩み、この場所で実りを得られるようにひたむきに過ごしたいです。

この投稿を書いた人

門脇 夏美

門脇 夏美(かどわき なつみ)コーダー

1992年大阪府箕面市生まれ。地図と博物館と漫才が好き。パッケージの裏面にある、製造者とその住所を確認する癖がある。アイリッシュ音楽が大好きで、セッションで得られる一体感に至福を感じる。バイオリン弾き。

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