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Oct,2017
榛葉 真透
投稿者:榛葉 真透
(デザイナー)

2017年10月24日

建築・家具・ファブリックまで
世界一幸せな国、デンマークのデザイン文化に魅了されて -後編-

デザインの目のつけどころ

榛葉 真透
投稿者:榛葉 真透(デザイナー)

こんにちは、デザイン部の榛葉です。

昨日に続き、建築物から家具、食器などのすばらしいデザインがあふれる国デンマークの、デザイン大国と呼ばれる魅力的な文化の所以についてご紹介したい。

前編ではデンマークという国の紹介、『デンマーク・デザイン』展の概要とそこで取り上げられている重要なデザイナーの一部を紹介した。
後編は、それらのデザインが愛され続ける理由、実際に購入してみたデスクについて、そしてデンマークのデザインを通して見えてきたことを紹介したいと思う。

前編はこちら

 

デンマーク・デザインは、なぜ愛され続けるのか

前編で紹介したようなデンマークの巨匠デザイナーたちは、突然デンマークに新たな価値観を生み出したわけではない。ヨーロッパの他国と同じように、18世紀末の産業革命以降、芸術や建築、哲学や科学などと同様に、あらゆることに対する民衆の価値観は大きく変化していった。その流れの中、1851年に近代の工業技術とデザインの祝典であるロンドン万国博覧会が開催され、直後のヨーロッパ各地では、美術工芸の博物館が数多く設立される。それは、博物館にあらゆる時代と文化の優れた品々を集めることで、品質に対する美意識の啓蒙がなされ、企業が優れた製品を開発することを促すためだった。

しかしながら、20世紀に入ってモダニズムが浸透し始めると、人々は伝統を清算し、“過去を振り返らない”という価値観が主流となり、社会全体で思い描く未来像がテクノロジーに重きが置かれるようになる。デンマークでも、ドイツのバウハウスの影響で、工業生産を主とするメーカーによる、機能的、合理的に生産される家具や製品が流入し、伝統的な職人技が脅かされるのではないかという懸念が広まっていった。

そこでデンマークの家具職人たちは、『家具製造業者組合展』という展示会を開催することに決めた。展示会では、メーカーと家具デザイナーたちによる共同制作の製品を次々に発表し、デザインコンテストを同時に行うなどして、品質の向上と共にデンマークらしさを含んだ、独自の価値観を育んでいくことになる。職人としてのバックグラウンドを持つデザイナーたちが多いデンマークは、感性に訴える、手触りの良い自然の素材を用いた見事な組み立てと、熟考された設計、シンプルな構造という職人技を基礎に持っていたため、機械生産が主流となった時代においても、他国が成し得なかったノスタルジックな手工業の温もりを製品に残すことに成功したのだ。

先で紹介したコーア・クリントは、1924年に王立美術アカデミーを博物館内へ移設し、アカデミーに建築学科家具専攻科を設立、教え子たちに、「物は使用される目的に合わせ形成されなければならない。」と教え、博物館所蔵の工芸品をサンプルとし、古い家具や道具の異なる文化に由来する品を採寸などし、細部にわたるまで研究が熱心に行われた。その努力によって、ミッドセンチュリーのデンマーク家具デザインの中核が形成されることとなる。

デンマーク・デザインが特別で固有なものとして認められるのには、こうした他の時代や異なる文化類型と形態の研究に基礎を置くデザイン文化が類を見ないからである。
“シンプル”“慎ましやか”“落ち着いた”などと形容されるデザインは、機能性と実用性を含んで洗練され、モダンな印象だけはでない、素材の特性を活かしたなんとも言えない温もりを感じるところに、その特別な魅力があるのかもしれない。

そんな黄金期を経て、70年代に入るとデンマーク・デザインへの国外の関心が少しずつ衰えはじめた。とはいえ、デンマークを代表する世界的なプロダクト・デザイナーのヤコブ・イェンセン(Jacob Jensen/1926-2015)が手がけた、バング&オルフセン社(BANG&OLUFSEN)のオーディオのデザインように、機能的、モダニズム的な伝統が変わらず継続されることになる。30年代〜50年代の巨匠の弟子たちの多くは、時代にあったシンプルで新たな発想によるデザインを引き継いでいき、再び注目を集める巨匠や、新たな発想のデザインにより注目を浴びるデザイナーも多くいた。


ヤコブ・イェンセンがデザインを手がけた、スタイリッシュなデザインのレコードプレーヤー
『BANG&OLUFSEN -BEOGRAM 4000 (1972-1975)』
(Photo by Wikipedia – Change of venue(2017)/ Adapted.(CC BY-SA 4.0))

そして、21世紀に入ったころから世界のデンマークへの注目は再熱する。新たなメーカーやデザイナーの作品が、伝統を重んずる考え方を残したままの製品で市場を盛り返す。他にも、70年以上前のヴィンテージ品がオークションで高額で取引されるようになるなど、改めてその価値が認められつつあることがわかる。

先進国を中心に、大量生産大量消費が豊かさの象徴とされた50年代以降の半世紀の価値観から、21世紀初頭に浸透してきたオーガニックやエコロジーなどの環境に配慮した持続可能な社会を目指す時代の価値観の流れの中での、“良い物を必要なだけ”という大衆のムードの変化が、デンマーク・デザインの持つ“時代に左右されない特別な価値”に、改めて注目しているのだろう。

 

デンマーク製の家具が欲しい

そんな再注目されるデンマーク・デザインに、古い物に目がない私も、いつのまにか新鮮な気持ちで当時の家具を手に入れたいと考えるようになっていた。その念願が今年5月の転居をきっかけに叶ったこともあり、デザイン展へ足を運んだり、今回の記事に着手するきっかけとなったのだ。

それまでジョージ・ネルソンのベンチをPCデスクとして座卓で使っていたが、長時間の作業が身体に応えていたことや、新居では自室がもてることもあり、まず先に椅子に座るタイプのデスクへ買い替えることを考えた。Macbook Pro とそれに接続する27インチのモニターが並列で置ける横幅、キーボード手前パームレストは、手書きなどができる余裕のスペースが欲しかった。そうなると、なかなかの大きさが必要になる。

手ごろな事務デスクなどのシンプルなものか、ホームセンター経由でDIYしようか考える。しかし、引越しはビッグイベントで気持ちの高まりもあり、これを機に永く使える品を手にしたいという想いが強かったため、まず北欧製の古い家具を扱うWebショップを何軒か覗いてみた。

並ぶデスクたちは、材質やサイズ、佇まいまで幅広く選択肢はあるが、程よいサイズは人気があるためか在庫も少なく落胆する。そうしながら見比べていることで、実物を見たくなり、神奈川の伊勢原にある北欧家具専門店や、東京の目黒通り沿いの家具専門店を端から物色し、最適なデスク探しを続けた。


神奈川県伊勢原市の北欧家具専門店のバックヤードにて、リペア前のデスクなどの家具を見せてもらう

専門店で扱う家具はどれも、完璧なリペアで命を吹き込まれており、新品であるかのような活き活きとした艶が、木目の波を輝かせ、ずっと見ていても飽きないほど。想像力は最高潮にまで押し上げられ、有意義な時間を過ごせた。

 

遂に手に入れた、デンマーク製デスク

店頭で実際に見てみたことで、よりイメージが具体化するも、シェルフやテーブル、椅子やソファと比べると、デスクを扱う店は僅かで、候補となるデスクは一つだけだった。もう少し選択肢が欲しかったため、結局 Webショップに頼らざるを得ないと思い始めたが、ふとオークションサイトを思い出し覗いてみた。

ほとんどが家具専門店のいわゆるプロ出品だ。写真の見せ方や説明も分かり易いが、値段もWebショップと差がなく、オークションならではのお得さがない。タイミングが合えば、僅かな個人出品の中から、デザインも状態もサイズも新居に良く手ごろなものに出会えるのではないかと期待し、目星を付けながら何日かねばってみた。すると、程よい出品に出会うことができ、破格で無事に落札できた。

数日後、無事に家財便で届いた実物を業者から受け取り開梱して触れてみると、まずチーク材の予想以上の重さに驚く。1人で運ぶのに骨が折れるほどだ。さらにそのままでは部屋の入り口を通らず、横にしたり斜めにしたりするも、結局無理だとわかり一度は冷や汗をかく。結局は六角ドライバーでパーツにバラし、もう一度組み立て、ひと手間あったが無事に自室に納めることができた。

出品者の画像から見て取れる限り、専門店のそれとは違い、蜜蝋やワックスでメンテナンスからしなければと考えていたが、思ったより程度が良く、しばらくそのままで使えそうと判断し、さっそく配置し眺めてみた。シンプルだが、重厚で堅牢、チークの色やアールがかったフォルムも十分に満足のいく一台だ。


購入したデンマーク製のデスク

チーク材は、古くは列車や船舶でも使用されていた、強靭で壊れにくく長持ちする特性を持つ木材である。現在では多くの地域で伐採が制限されたり禁止されており、輸入も規制されているため貴重な素材となっている。金褐色の木肌に、細かい縞模様が魅力的で、水に強く、ウォールナットやマボガニーと並び、世界の3大銘木と言われている。50年代ころの北欧製の家具でめよく使用されたポピュラーな素材であり、当時のデンマーク製の家具も、このチーク製が多いのが特長だ。

 

温故知新というスタンス

インテリアショップを物色し、実物を使い、展覧会に足を運んでみたことで、久しぶりにあらゆる角度からじっくり古き良き物を堪能している。

10代・20代では、ミッドセンチュリー・デザインを代表するハーマンミラー社(Hermanmiller)の家具を中心に、アメリカ由来のポップで存在感のあるデザインに惹かれ、北欧のインテリア・デザインにはそれほど注目していなかった。それがいつのまにか、デンマーク家具のシンプルで滑らかな曲線や、愛嬌のある佇まいに惹かれるようになっていたのは、シンプル・モダンの再熱からなる、カフェや洋品店の内装の変化、身近にあるIKEAや無印良品の単純で機能的なデザインが注目されたことによる、インテリアに対する感覚の変化の延長線上にあるのかもしれない。

今回の執筆の機会に、改めてデンマークのデザインに注目したことで、より深く20世紀に開花したさまざまな文化の軌跡に興味が湧くこととなった。これまでの記事にも書いたように、とにかく、私は1950年代〜1960年代の経済や技術の発展の勢いの側面で逆境から生まれた創造の産物に、現代の飽和した社会にはない進化の速度と熱量を感じている。そのさまざまな文化が開花するプロセスの濃厚な点と点が重なれば重なるほど、好奇心がくすぐられるのだ。

デンマークのデザインの普遍的な魅力も、モダニズムが最先端の時代に、古き良き物への敬意を含んだ上で、デザインによって人が求める最善の形を生み出し続けていることに由来しているのだろう。70年以上を経た現在でも、人々に受け入れられ、見た目から機能まで十分な満足を与えてくれるヴィンテージから、最新のプロダクトまで、余すことなくその精神が反映されていることがよくわかり、感銘を受けたのだ。

 

デンマーク・デザインを通して感じること

今回、デンマーク・デザインの黄金期の巨匠たちが考えた職人技などの伝統の継承と、多様な文化から生み出された物や道具を丹念に研究し再構築することで、新たな価値や文化の発展が得られるということに触れ、「古きを知る」ということが「つくる」仕事をする上で、常に重要な課題でありうるだろうということを再認識させられている。

私が触れたデンマーク製のヴィンテージの家具の形成された文化や時代背景をはじめ、国や時代を問わず、過去の衣服や音楽、物語、哲学、芸術や歴史的事件など、それらを掘り下げていけばいくほど、先人たちの想いが細部まで浸透していることが見て取れ強く影響される。革新的な社会の発展による本流があり、その側面にある逆境的な立場に置かれた人々が、反骨心や危機感からアイデアを膨らませ、独自性を肯定しながら技術や知恵を積み重ね、創造し、熟考に熟考を重ねながら奮闘することで、ようやく日の目を見せたことが後になりわかるのだ。

逆境から生まれる発想は、退屈な本流にはありえない熱狂へとつながる。その熱狂が次世代文化の合理的な考えの一部として貢献していくことが、時代の移り変わりの面白さだろう。それはいつの時代においても、同じように繰り返されていくことなのだ。

デンマークの巨匠たちが独自の理念で作り上げた優秀な作品たちに込められた意思も、先の先の時代でも作品に触れた人々に伝わり、輝きを失うことなく多くのファンを魅了し、その先の未来の斬新な発想へも、多大な影響を与えていくことは間違いない。

 

欧米でブームの“ヒュッゲ”という考え方

そのような影響の基礎にあるデンマークの人々の持つ独自の文化は、豊かでありながら過酷でもある自然がもたらすものではないかと思う。前編に書いたように、デンマークには穏やかな夏がある反面、厳しい冬の寒さがある。人々は冬になると家の中で過ごすことが多くなり、人との交流も自宅に招くことで行われることが多いため、外食やレジャーが少なくなるという。だからこそ、家にいる時間を有意義に楽しめるようにと、暮らしの知恵を育み、居心地の良いインテリアを重視し、身も心も温まる美味しい料理とそれを盛り付ける食器が生まれ、日常的に芸術や文学に向き合うなど、自然への畏敬の念を含んだ伝統的な考え方が、他国を魅了する文化の一端を独自に発展させたのではないだろうか。


コペンハーゲンの美しい街並みの冬景色

その発展と結びつくように、オンとオフをはっきりさせること、互いを支え合うことで各々の生活にゆとりが生まれるという共通認識を礎とし、ワークバランスがとれた社会環境が当たり前な価値観として浸透していることが特徴的だ。

それら先進的で模範的な文化や価値観を象徴するデンマークの言葉が“Hygge=ヒュッゲ”である。「幸福である。居心地のいい空間や時間である。」という意味をもつ言葉。英語にも直訳できる単語がない独特なニュアンスがあり、元来デンマークでの寒い冬の乗り越え方として、古くより親しまれている言葉なのだ。

昨今、欧米でもこの“ヒュッゲ”がブームになっているという。ライフスタイルが重視されるようになった時流を考えると、まさにお手本とするのに必然性を感じる象徴的な言葉なのである。日本へもブームの到来はもとより、その真意が伝わり、社会に広がることで、新たな時代が切り開けるのではないだろうかという期待がある。各自が物品やその利便性、目先のブームだけに頼らず、“ヒュッゲ”に含まれる真意を、時間や空間にまで取り込めるよう継続的に共有し、時間をかけて文化へ浸透させていくことが、豊かな社会への道筋として重要になるだろう。

近いうちに機会をつくり、憧れのデザイン大国デンマークへ行ってみたい。魅力的な街並みや文化に触れ、胸が踊るデザインを体験し、そこで育った生の空気から“ヒュッゲ”を体感することができたらと思う。

 

最後に

前後編と少々長くなってしまったが、少しでもデンマークや家具に対する興味を持っていただけただろうか。私自身もこれをきっかけに、より深く興味をもち、次は憧れのウェグナーやユールの椅子でも手に入れられたらとイメージが膨らんでいる。

今回足を運んだ静岡市美術館での『日本・デンマーク国交樹立150周年記念 デンマーク・デザイン』展は、11月12日(日)までの開催となる。

その後は、11月23日(木・祝)から東京都新宿区の東郷青児記念・損保ジャパン日本興亜美術館で、来年の2月24日(土)からは山口県立美術館でも開催予定のため、ぜひ足を運んでみてほしい。
写真だけでは伝わらない、なんともノスタルジックで温もりのあるデザインに触れてみることで、ぜひその魅力を体験し、より興味を深めていただけたら幸いだ。

この投稿を書いた人

榛葉 真透

榛葉 真透(しんは まさゆき)デザイナー

Webデザイナー。20代は音楽イベント、料理、ファッションに没頭し、最近Webデザイナーとして本格的に動き出したばかり。温もりのあるモノやデザインが好き。アメリカを代表するサイケデリックロックバンドGrateful Deadに魅せられてから、カリフォルニアをはじめとするアメリカの音楽カルチャーが大好物。

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