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29
Jan,2018
大村 陽子
投稿者:大村 陽子
(ものさす編集長)

2018年01月29日

いつもご覧いただきありがとうございます。
ものさすサイト 編集長を引き継ぎました

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大村 陽子
投稿者:大村 陽子(ものさす編集長)

こんにちは。編集部の大村です。
ものさすサイトをいつもご覧いただき、どうもありがとうございます!

どんな時間、どんな場所でご覧いただいているのでしょうか?
出勤中の電車のなか? 休憩時間や寝る前?
時間をつくって読んでくださっていることを、とてもうれしく思います!
(お一人お一人にお礼を言いたいくらいです)

さて、このたび私、初代編集長の中庭からバトンを引き継いで、ものさすサイトの編集長を務めることになりました。そこで今回は、改めて自己紹介をしながら、ものさすサイトの裏側も少しお話したいと思います。
 

アナログ人間がなぜ Web 業界に

私がモノサスに入ったのは昨年の1月。徳島県神山町で行われた「神山ものさす塾」で、コーディングとライティングを学ぶ半年間を経てのことでした。塾生時代の記事でもお伝えしましたが、私は塾生になる前は、地元の広島で働いていました。

前職では、県内のさまざまな場所で行われるイベントに出向いて、写真と簡単な文章でその場の様子を伝える「特報」を作る仕事をしていました。完成するとすぐに印刷してイベント来場者にお渡しするので、作ったものの反応が目の前でわかります。

1回キリの現場勝負なので、厳しい部分もありましたが、自分が作ったものを「思い出」として持って帰っていただけることが嬉しくて、毎回精一杯やろうと思いながら作っていました。


イベント会場で、その場で作って配布する「特報」。当時は脚立が私の相棒でした。

紙媒体の仕事に親しんできた私は、パソコンよりも紙と鉛筆をもっていた方が落ち着く、根っからのアナログ人間です。そんな私が、Webを強く意識するようになったのは、東日本大震災が発生した時のことでした。

もちろんそれまでもインターネットは使っていましたが、震災を機に使い方が変化した、接し方が変化した、と言えるのかもしれません。何が危険で安全なのか、今どうしたらいいのか。さまざまな情報があふれるなか、ひとつの情報を選択すること、選択しないこと自体も自分の責任になっていく。そんな時代になったんだ、ということを痛感しました。

さらに、私にとって Webの面白さを感じさせてくれたのが、マスメディアの反対をいく「小さなメディア」の存在でした。

「ほしい未来は、つくる」を掲げて情報を発信していた greenz、求人情報を読み物として伝える日本仕事百貨、「自分を大切にすることは、自然や人を大切にすることにつながる」をモットーにあたらしい生き方を提案するマーマーマガジン(こちらは雑誌も発行)などをよく読んでいて、小さなメディアだからこそできる、ポジティブな発信、投げかけの仕方があるのだなぁ、と日々の更新を楽しみにしていたものでした。


読んでいると、無駄な力が抜けていくような言葉に出会える小さなメディア、マーマーマガジンの雑誌

そんななかで出会ったのが「日本仕事百貨」に掲載されていた神山ものさす塾の募集記事。そこにリンクされていた「ものさすサイト」を、読んで、読んで、読みまくったことを覚えています(笑)。もちろん塾で学ぶ内容に興味を持ったのが一番ですが、ものさすサイトから「小さなメディア」と共通するポジティブな方向を感じたことや、モノサスって一体どんな会社なんだろう?という不思議を持ちながら、塾に応募したのでした。
 

ものさすサイトは「生きている」

モノサスという会社への不思議をもちつつ、卒塾後は編集部に入りました。
ご覧いただくとわかるように、ものさすサイトは日めくりカレンダーのように、毎日(営業日)メンバーが書いた記事が更新されています。

編集部に入って一番、よーくわかったのは、この「毎日記事を更新する」ということが、想像以上に大変だということ。

当たり前のことですが、日々はどんどんやってくるので、終わりはありません。メンバーに書いてもらった記事を推敲し、こうしたらいいかも?という部分を話し合いながら完成させていきます。必要な場合は記事に使う写真も撮影します。一つ一つの記事が完成するまで、書き手をはげましながら一緒に走り続ける、そんな「伴走者」のような存在が編集部なのかもしれません。

なにより難しいなと思うのは、メンバーに記事を書いてもらうこと。

メンバー自身の言葉があってのものさすサイト。
メンバーの言葉がなければはじまりません。

それぞれの業務があるなかで、いかに時間をつくって書いてもらうか…編集部にとっての大きな課題でした。

そこで、私が編集部にはいったタイミングで始まったのが「お茶会」です。
もっとメンバーとコミュニケーションをとりながら一つ一つの記事をつくっていこうと、メンバーが記事を書き始める前に、編集部と30分のお茶会をすることになりました。

実は私は大のお茶好き。
広島にいる頃も、紅茶屋さんに行くことや、月に一度ハーブティーの教室に通うことを楽しみにしていました。(東京に来て一番はじめに思いついたのも、憧れのお店で日本茶の淹れ方を習うことでした。)

会社で「お茶の時間」ができるなんて!「お茶会」の響きに胸を踊らせながら、お茶とお菓子の準備を担当することになりました。


(上)お茶会の様子。編集部の岩木(手前)と私で、書き手のメンバーを迎えます。「三人寄れば文殊の知恵」のことわざのように、いろいろと話すなかでアイデアが生まれます。
(下)12月のお茶会はクリスマス仕様。できるだけ季節を感じるお茶会にしたいなと思ってます。

お茶会では、すでに何を書くかを考えてきてくれるメンバーもいますし、逆に何を書けばいいのかまったく浮かばないというメンバーもいます。そんな時は、最近どうですか?と仕事に関係ない話もしながら、まずは楽しく会話することを大事にしています。最終的には、じゃあ何を書こうかという話になるのですが、今現在のその人のことを話してもらうことで「今回は◯◯について書こう!」と見えてくることがあります。

1回30分のお茶会を、月に10組ほど実施していますが、書き手にとってもネタを考えて悩む時間が(きっと!)減るし、記事の前段階でのコミュニケーションがあることで、その後の完成までのやりとりも、スムーズになっているような気がしています。

私にとっても、メンバーのこれまで知らなかった面が知れたりと、お茶を飲みながら話す時間は、大切なひとときです。

そして、お茶になくてはならないのがお茶請け(おやつ)。
みんなが喜ぶ顔を思い浮かべながら、毎回いろんなおやつを選んでますが、時には自分でケーキなどを作って持ってきています。昨年は余裕があるときしか作れませんでしたが、今年はもっと季節を感じるものが作れたらなと思っています。
 

2代目編集長として

初代編集長の中庭から編集長を引き継ぐことが決まったとき、入社して一年目の自分で務まるのだろうかと、正直悩みました。

ですが、この一年をふりかえると、私ができないことをたくさんのメンバーに教えてもらってきました。力がほしいとき、力を借してくれるメンバーが多いことを実感しながらの一年でした(本当に感謝です)。そして、ものさすサイト自体、そもそも私一人で回せるものではなく、みんなの力をもらいながら、やっと動かしていけるもの。「私だけ」の要素は何一つないのです。

また、編集部に入ったことで「情報を編集する」とは何か、あらためて知りたいなと思ったときに出会ったのが、情報編集のエキスパート、松岡正剛さんの言葉。

編集能力は、自分なりのハサミとノリシロを持つことから始まる。
いつも自分の関心の視点を入れることを忘れないことだ。

「知っていること」はもちろん大切だけど、「知らない」からこそできることも多いのかもしれない…。初めてものさすサイトに出会った時に生まれた、「モノサスってどんな会社なんだろう?」という不思議を、記事を通して解き明かしていくことで、このサイトを読んでいただく方により近い視点で「今のモノサス」を伝えることができるのかもしれない、そう思っています。

この年始、あるメンバーが教えてくれたことがあります。
ものさすサイトに自分が書いた記事をお父さんが読んでくれて、普段そういうことを言わない人なのに「いいじゃないか」って言ってくれたんです、というエピソード。

それを聞いて、ものさすサイトがあるからこそ生まれるコミュニケーションを垣間見れたような気がして、とてもうれしかったです。

正直、なかなか大変な思いでみんなに記事を書いてもらっていると思います。
でも、大変だったけど、よかったかな。
そんな風に思ってもらえるような雰囲気を育んでいきたいです。

そして、読んでいただく方にとっても、ちょっと心が明るくなるような、
そんなものさすサイトであれたらいいなと思い、日々更新していきたいと思っています。

これからも、ものさすサイトをよろしくお願いいたします!

この投稿を書いた人

大村 陽子

大村 陽子(おおむら ようこ)ものさす編集長

広島出身。東京とモノサス二年目です。旅をした場所で人の「暮らし」が見えるとうれしくなります。東京を旅気分でいろいろと探検したいと思っています。おすすめの場所があれば教えてください!

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