2019年01月

18

金曜日の投稿

赤嶺 繭子
投稿者:赤嶺 繭子
(Webディレクター)

2019年01月18日

変わったものと、変わらないもの

仕事と暮らし・タイ

赤嶺 繭子
投稿者:赤嶺 繭子(Webディレクター)

モノサスタイランド、ディレクターの赤嶺です。タイ生活も丸2年。来る前と後で見方が変わったこと、変わらなかったことなど考えてみました。

タイ生活ももうすぐ2年、タイ人スタッフの寛容さに助けられて日本では感じることのなかった居心地の良い環境で仕事をさせてもらっています。今回書いたのは、そんなタイオフィスの居心地の良さの理由と、日本でもタイでも変わらず日ごろどんなことを考えながら仕事をしているのか「正直な今」をお届けします。

タイ人に対するステレオタイプは実は違っていた?

私は日本で仕事をしていた時、人前で人が怒っている/怒られている姿を見ない日はありませんでした。怒りの感情というのは皆さんもご存知の通り、人に伝染します。それが当事者になった時はさらに厄介です。ですが、タイオフィスでは誰かが怒っていたり怒られていたりする光景を滅多に見ることがありません。でも、それは決して仕事で失敗がないからではなく、アンガーマネージメントと解決方法の手段が日本とは異なるからではないだろうかと最近思い始めました。よく聞く責任逃れをするというタイ人のステレオタイプのイメージは真意では誤解されているように思います。

日本では比較的何か失敗をすると原因となる人を探し出す傾向にありますが、タイでは「誰が原因か」というのは重要ではなく、そうなったのはなぜなのかをみんなで話して問題を共有することに重点が置かれているように思います。そして問題が起こってもみんなの問題として捉え共有の場で「僕はこうだった」「私はこうだった」という風に自分事として、しかも自然に話を進めているように思います。そうすると本人は自分に責任があるとわかっているかもしれませんが、自分だけではない、みんなも同じような問題があるんだな、と心が楽になるのはないかと思うのです。
問題が起こった時、もちろん原因と対策は必要ですが、人に依存していない(させていない)イメージです。そうなるとおのずと誰かを責めるという行為には発展しません。

そしてもう一つ、国も言語も価値観も違う者同士、初めから全部分かり合えるわけがないという前提が、相手を理解しようとすることにつながっているように思います。日本人特有の「空気を読む」とか「相手の気持ちを汲み取る」、という前提と期待はないので、相手を理解しようとする歩み寄りをせざるを得ません。「オモテとウラ」のある日本社会では、矛盾や誤解を生みやすい構造なのかもしれませんね。私個人的にはこのタイの歩み寄りのようなものが居心地を良くさせてくれているのだと思います。

夢中になれる人の傍にいること

私はモノサスに入ってからいわゆるWebの世界に初めて入りました。
これまで身を置いた会社もすべて異業種です。(飲食サービス・製造・IT←イマココ)
思えば、「働く」ということは、〇〇になりたい、〇〇をやってみたい、〇〇のスペシャリストになりたい、という情熱がまず先にあり、そしてその〇〇にならないといけないとずっと思っていました。
そうしないと1人前の社会人として認められないものだと。

しかしいつまでたっても私にはその〇〇が見つかることもなく、異業種に飛び込むたびに今度こそ「◯◯が見つかるのかも」と新しい世界に淡い期待を寄せていたのかもしれません。
だけどどの職場でも私が仕事をするなかで変わらなかったこと、それは「どうすれば夢中な人の役に立てるのか」ということです。文字にすると分かりづらいですが、それが私にとってやりがいに当たるのだと思います。

例えば、私の大好きなTV番組に「アメトーーク」があります。
番組の企画の中で〇〇が大好きでたまらない芸人さんが、好きと思う理由やこういうとこがすごいんだぞ!ということを思いっきり発表しあっていますよね。私は、何かが好きすぎてそれを楽しそうに話しているのを見ているのがとても好きです。
もうひとつ、私はスポーツ番組やオリンピックをみるのが好きで、スポーツに真剣に取り組んでいる人が頑張っている姿をいつまでも見ていられます。

つまり何が言いたいかといいますと、〇〇をやりたいという思いのある人の傍でその人の役に立つことが、私の一番の喜びなのです。

すでにもう知っている方も多いかと思いますが、この思いを明確に文字に表してくれた記事があります。「夢組」と「叶え組」

夢組」… 夢中になる能力があり、やりたいことがある人
・キーワード「感情、衝動、行動」

叶え組」… やりたいことはないが、気持ちだけでやり方がわからないという人に手段や優先順位を見せることができる人 
・キーワード「構造、観察、理解」

私はまさしくここでいう「叶え組」に当たります。
稀に「夢組」と「叶え組」の両方の要素を併せ持つ人もいますが、恐らく好きか嫌いかでいうと、どちらかに分類されるのだと思います。
記事の中で「やりたいことがある人」と「やりたいことがない人」を混ぜる、というのがありますが、まさしくこのバランスは大事だと思っていて、特に「夢組」の割合がどうしても多くなってしまう職場(エンジニアのいる職場もそのひとつだと思います)には、一定数の「叶え組」が必要だと感じます。

また「夢組」と「叶え組」の一人二役どちらも要求されるような職業の方もいらっしゃると思いますが、自分がどちらの人間なのかを把握しておくと、自分が必要とする人やサポートを把握することができ、もっと楽に仕事ができるのではないでしょうか。
自分がどっちなのかが分かるときっと楽になれるはず。あなたはどっち?

変わらない癖、分析

私はなぜかどこの職場でも分析を担う業務につくことが多かったように思います。
初めは違う職種で入社してもいつの間にか、需要予測や面接官など人や物を分析し適性を図る仕事をしていました。ただ自分の中では仕事というよりも自然と日常の中で分析する癖があるのかもしれません。もちろん数字が関わる分析は実際に業務経験がないと難しいですが、人の分析をする癖はずっと前からあったように思います。

タスクの管理は沢山の情報の中からそれらをカテゴライズして、そのカテゴリ毎に解決策を練っていく、1人ブレインストーミングを1日に何度も行っています。そして優先順位ごとに進める感じです。

人の適性は関わってきた密度にもよりますが、その人の反応や言動・行動を観察して、その人に合ったプロセスや発言のタイミング、その人の許せる範囲と許せない範囲、得意なこと不得意なことなど自分の中にストックしていって、その人との共通言語を確立していきます。これは一緒に働くスタッフはもちろん対お客様に関しても同じです。ですので、リピーターのお客様の場合は、共通言語があるので何を言おうとしているのか理解するまでの速度が速く、逆に短期間しか関わらない方はすぐに掴むのは難しいので、こうかな?と探りながら行って失敗することもあります。

前の記事でもお話ししましたが私は言語への探求が止まらないので、同じ日本人でも共通言語は十人十色でとても面白いです。でもちょっとした仕草や距離感までも分析してしまい、人間関係も敏感に感じ取ってしまうため、そんな時はあまり考えないように敢えて楽観的になるようにもしています。ちなみに観察する能力が問われる「人狼ゲーム」はめっちゃ得意です(笑)。

やっぱり、分析する日々はつづく

そして今私はまたひょんなことから人や案件の適性を扱う業務をするようになりました。どんな案件が誰に向いているのか、相性のいいチームは誰なのか。この問題は何が原因でどういった種にカテゴライズされどうやって解決すべきなのか。解決方法はWebの知識も必要とされるので夢組の方々に教わりながら支えてもらっています。

そして次の課題はポジティブで建設的な話をできる関係を築くにはどうすればよいか、ということです。これは相手がいることなので、自分がどう変わるべきかが問われます。
相手や、課題になっていることの背景を知るための情報収集から始まり、いつもの分析をした後、自分がどんな行動や言動をするのか。それにはきっとこれまで私がたどってきた道をヒントがないか振り返り、未知の手段や方法を探っていくことから始まるのかもしれませんね。
また分析の日々が続きそうです。

この投稿を書いた人

赤嶺 繭子

赤嶺 繭子(あかみね まゆこ)Webディレクター

モノサスタイランド所属。 どこに住んでも方言が抜けないカボス大国、大分県出身。愛犬サラ(ヨーキー)と海とオリンピックが好き。暑い日に熱い緑茶を飲む祖父母の気持ちが分かり始めた今日この頃です。

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