2018年08月

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水曜日の投稿

浅田 亮平
投稿者:浅田 亮平
(デザイナー)

2018年08月01日

標高600メートル。3年目の日常

仕事と暮らし・神山

浅田 亮平
投稿者:浅田 亮平(デザイナー)

こんにちは。
現在徳島県神山町にある、サテライトオフィスに勤務している浅田です。
前回は、私の今住んでいる場所、殿宮(神山町内でも秘境の地で標高600メートル)での、家にまつわるエピソードをご紹介しました。
あれから早くも1年が経ち、神山に来てからもう3年になります。
何もかも新鮮だったあの頃とは違い、今ではいろいろなことが当たり前になってきています。

交通機関や近くにお店がない等、便利さと引き換えに得た殿宮での山暮らし。
3年がたった今でも、やっぱり好きだなと感じながら生活することができています。
(現在は土砂崩れの影響により、普段通っている通勤路が通れなくなり、隣の山を越える迂回路を使用し、通勤に小一時間かかっています。はじめのうちは、帰ることもできず、神山の中心地付近に避難していましたが…)

今回は、殿宮での暮らしの厳しさと四季の魅力をご紹介しながら、
大変なこともありますが、それでも好きな理由を改めて振り返っていきたいと思います。

-冬-
凍結との戦い


濡らしたタオルをくるくる回すとこの通りガチガチに

この年の冬、神山には、数十年ぶりといわれる寒波が訪れました。

家の前一面に広がる、雪景色のパノラマは絶景。

しかし、その静けさと美しさの反面、
厳しさも自分たちの生活には降りかかってきます。

それが凍結です。

その脅威は突然やってくるのではなく、じわじわとやってきます。
はじめは路面凍結。
今の車が4輪駆動ということもあり、
多少は大丈夫なのですが、夜に積もった雪が昼に溶け、ということが繰り返されると出来上がる、がちがちの路面の上はさすがに危険で、その時は山から出られなくなります。

そして、水道の凍結。
これが一番の難題です。

今住んでいる家では、近くの沢から水を引いています。
水源は、家から200メートルほど上がったところにあります。

冬の間は、凍結防止のため、長い時間水道を使わない場合は(就寝時や外出時は)、水道の蛇口を少しひねり、少なくとも常に水が流れている状態にする必要があります。
しかし、今年の寒波は、それでも追いつかず、水道が凍ってしまいました。

一度凍ってしまうと、日中など、気温が高くならないと溶けません。
そのため、日当たりのいいところは、比較的すぐに溶けるのですが、日陰の箇所はなかなか溶けない。勾配がなさすぎると、水圧が弱くなり凍りやすいなど、理由はさまざまです。

その日以降、パイプ点検を行うため、毎朝晩、山に入る生活が約2ヶ月間続きました。
その時を経て、水道から水が出たときはそれだけで感動でした。(笑)

-殿宮の春-
生命のうごめき

雪の降り積もる季節を終えると、これまで静まり返っていた庭の草木の芽が、ニョキニョキと顔を出しはじめ、春がやってきます。

ここでは、春の予感がしたその瞬間から、生命の気配を感じ、草や虫や動物、色々なものたちがうごめきはじめます。
その生命観たるや半端じゃない。

なんか、自分たちもちょっと、春を感じて、テンションが上がってくるのと同じように、草木もまた同じように、みんなで「春がやってきたー!」といっているような感覚が伝わって来るほど。

-殿宮の夏-
夏は避暑地。
でも、虫と湿気が半端じゃない。

殿宮の夏は涼しい。
これは、ここでの暮らしが好きな大きな理由の一つでもあります。
決して神山が涼しいわけではありません。

特に、朝晩になると、神山の中心地と比べて気温が全然違います。
標高が高いからこその涼しさなのでしょう。
いまだクーラーがほしいと思ったことがありません。
厳しい冬があるからこそのご褒美。
ちょっとした避暑地です。

ですが、田舎では当たり前のことですが、虫が多い。
古民家では、虫対策のためにどんなに必死に戸を閉めて回っても、
どこからか、たくさんの虫が侵入し、室内を悠々と飛び回っています。(古民家は隙間が多い…)

あと、梅雨の時期になると半端じゃないのが湿気。
神山では、多くの家が山の斜面を背に立てられており(我が家もまさに)、斜面側の部屋は特に湿度が90%を優に超えてゆく。

また、朝起きて敷布団をめくると、しっとり、いやビッショリと、畳が濡れている。

そのまま放っておくと、あらゆるものがどんどんカビに侵されてゆきます。
なので、山暮らしには必須のカビ対策。

最近、我が家では、除湿機と扇風機を、フル稼働して対策を取るようにしています。真夏にストーブをたくことさえあります。(そうすると湿度がリセットされます)

おかげで、最近では、カビの発生を防ぐことができています。

こういう暮らしの知恵は、実際住んでみて、体験して、体感して、いろいろな人に相談しながら、試行錯誤しています。

-殿宮の秋-
秋の空の美しさ

この時期になると、夏に感じた生命観もだんだん落ち着きはじめ、
空気もカラりとが澄んできて、星がきれいに見える季節になります。

そういえば、この場所に住むようになって、夜空を見上げることが多くなりました。

周りに明かりが少ない分、月明りがとてもありがたく感じます。
星へも、自然と目が行くようになりました。

満点の星空の下、縁側でくつろぐ時間なんかは、相変わらずたまりません。

休日には外に出て、シーンと静まり返った森の中、音楽を聴きながら、ただただぼーっとする。この時間が至福の時なのです。

「いい感じ」と思える場所で「ぼーっと」すること

私は、元々神山で暮らす以前は大阪で暮らしていました。

昔から、自然の多い場所が好きで、自分にとっての「いい感じ」と思える場所をよく探し回っていました。

そうして、休日になると、こういった場所に出掛けては、「ぼーっと」リラックスすることで、自分の中で何か癒しのようなものを得ていた気がします。
休日ではなくても、普段から生活の隙間を見つけては、こういった場所に出かけては「ぼーっと」する。

何もしない「ぼーっと」するこの時間が、自分には必要不可欠で、趣味というよりは、もっと自分の内面に直結した欲求が消化されていくような感覚ありました。

じゃあ、自分は一体「ぼーっと」して、何を考えるんだろう…
また、「ぼーっと」にもいろいろあると思います。

「ぼーっと」しながら、何やら考え事をすることもあるし、本当にぼーっと、何も考えないときもある。ちょっと瞑想に近い気もしますが…(いまいち瞑想はよくわかってない)

ただ、生活の中で「ぼーっと」する時間が少なくなると、気持ちがだんだん焦りはじめ、この時間をつくるために調整を始める。

だから、無意識にも、この時間で日々の出来事を振り返ったりして整理しているのだと思います。

神山で暮らすようになってからというもの、こういった時間を過ごす場所を探しに、頻繁に出かけて行くようなことが、以前と比べてずっと少なくなったように思います。
そういうぼーっとしたいという欲求が、今住むここ殿宮では、普段の生活の中で解消することができています。

どんなに周りが慌ただしくても、殿宮での暮らしは、本来の自分に向き合える、自分にとってはとても心地いい居場所なのです。

この投稿を書いた人

浅田 亮平

浅田 亮平(あさだ りょうへい)デザイナー

神山運用チーム所属。大阪生まれ大阪育ち。 アジア放浪を経たあと、ものさす神山塾をきっかけに神山へ移住。 愛称はあさチャン。と言いたいところですが、未だに誰も呼んでくれません。 浅田君です…。そこの隙間を埋めるべく日々励み中。

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