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Jun,2022
山田 真綺
投稿者:山田 真綺
(デザイナー)

2022年06月06日

やまだまきです。楽しいとかワクワクで突き進んできました。
- モノサス1年目の私の今 -

メンバー紹介

山田 真綺
投稿者:山田 真綺(デザイナー)

はじめまして、こんにちは。
山田真綺と申します。
周防大島でデザイナーとして働き始めて3ヶ月が経ちました。

私が、どんな人かというと、
大阪出身、24歳
おしゃべりが好き
犬と赤ちゃんに好かれる
ツボが最近浅くなっている
食に関わることが好きで、食べるのも飲むのも好き
と言う感じでしょうか。

「どこから来たの?」
「私横浜から来ました。出身は大阪ですけどね。」
周防大島に来てから、よく聞かれてよく答えるフレーズです。

「西の方に引っ越してきました」で、この地域の人はだいたいみんな誰か認識してくれます。

庭に植えているお花の植え方に指摘をいただいたり、何をどんな距離で植えるかを教えてもらったり、身の上話をしながら近所のおじいさんと仲良くなって、最後に言われた言葉は、「息子がもっと若かったら嫁に欲しかった」でした。息子が若くなくてよかったです。

今までの話

大学では、中国語を専攻。
時代としても中国語が重視されるはず。英語は得意ではなかったけれど、他の言語ならできるかもしれないと思い中国語を選びました。

入学した頃は数を数えるのも危ういぐらいで、指を折りながら、一体自分は今何番を数えているのだと視覚的に理解をしながら、数字を理解していたのが懐かしいな。

大学に進学した大きな目的は、留学でした。カリキュラムの中に留学のついている学部だったので、留学は必然だったんです。

大学1年の9月にスタートした中国生活では寮に住み始めたのですが、右隣のキルギスタン人とオランダ人の女子の2人部屋では夜な夜なパーティーが開催されていたり、寮のエントランスでは色んな国の寮生が飲んで、歌って、ダンスしていたり。行く前より行ってから「大丈夫かな」という気持ちが強くなっていたのを覚えています。

留学生活

最初は自分のレベルに合わせ、真ん中くらいのクラスを選んだのですが、それでもついていくのが大変でした。それでも地道に勉強して、半年後のクラス替えでは、テストの点と自分の能力に合わせて、いや、ちょっと背伸びをして、一番上のAクラスに入りました。一番、驚いた授業は中国語の作文で、クラスメイト全員に配り、みんなで添削をやっていくというもの。今思い出しても、本当に恐ろし恥ずかしかったです。

というのも、私の作文には毎ページどころか、毎行修正がありました。文章を先生が声を出して呼んでいき、確認しては修正をしていくことが繰り返される…初回の授業でかなり消耗し、トラウマレベルでショックを受けて、それから毎週の作文のクラスが憂鬱になりました。

そこで気づいたのは、文語体と口語体を全く分けて考えられていなかったことです。大阪弁の作文を書いているような感覚に近かったのかもしれません。
それから色んな教科書をあらためて読み直し、授業を真面目に受けて、時間のある時は中国語のドラマを見て知らない言葉があれば止めながら検索してメモを書き溜めながら過ごすようになりました。

おかげで、中国語の冗談や口喧嘩もできるようになったし、中国語の映画でも感動で涙するぐらいにまで理解できるようになりました。

留学を終えて日本に帰った後、海外旅行にハマり、インド、フィリピン(セブ)、インドネシア(バリ)、台湾、ベトナム、カンボジア、シンガポール、韓国、フランス、ベルギー、オランダと、大学時代のアルバイト掛け持ちで貯めたお金はほとんどフルで旅行に費やされました。楽しかったです。

大学の卒業旅行が2020年の3月で、世界でコロナウイルスが徐々に勢力を強めており、2日前にいったルーブル美術館が影響を受けて閉まったというニュースを見て背中を追われている感じがしたのが強く印象に残っています。

その後新卒で機械系の商社に入社し、技術、営業、総務などをまわり、資料作成をして過ごしました。その中で、アルバイトでPOPを書いていたことを思い出し、仕事について考えているうちにWebデザイナーという職種があることを知りました。

調べていくと「センスではなく、考えられて作られているもの」というニュアンスの言葉をみて、魅力的だなと感じたのを覚えています。

それからすぐに、どうすればなれるのか検索し、自分に合っているスクールを探して、一番早い日程でスクール見学をして、次の日には入学することを決めていました。

Webスクール

入学してからは毎朝スクールの開く11時ごろに合わせてお弁当を作り、電車に乗り、モニターの前に座って勉強を進め、3時前ごろにお昼を食べて、8時までまた勉強をして、帰って食べて寝る、という毎日をほぼ毎日繰り返していました。

不思議と勉強中に眠たくなることもなく、毎日気がつけば夜になっていました。コーディングのパズルみたいな感覚が好きだったり、同じ名前の要素が一気に変化していくのをみて、面白いなという気持ちが強まりました。

スクールではコーディング寄りの内容が多かったのですが、デザインがやりたかった私は、好きなデザインをネットで集めたり、本で調べたりしながらつくりたいなの妄想を膨らませ、一つの架空サイトのデザインをつくってみたりもしました。

そこで思ったのが、「デザインめっちゃ楽しい!!!!!」ということでした。今仕事をしているスピード感からは全く考えられないのですが、2週間弱ぐらいをかけて1ページだけのデザインをつくっていました。

写真を撮ったり、配置を何度も変えてみたり。フォントの検討をしたり、あしらいを増やしたり減らしたり。メインのカラーって本当にこれなのかなとか、サイト内にあるコピー達も含めて、「きっとこういうユーザーが見るのかな」とか考えながら、ユーザーに当たるような年齢層の友人達と相談してみたりして、一つのデザインを完成させました。

仕事ではそこまでゆっくり考える時間をとるのは難しいかもしれませんが、そんな時間がとても好きで、あの2週間で自分のデザイナーになりたいという気持ちが、ムクムクと強くなり、あわよくばデザイナーを、と志望するようになりました。


つくってみた架空サイト

就職活動をする中で探し当てたモノサス

スクールの終わりが見えてきた頃、様々な転職サイトでコーダーやデザイナーの求人を調べていました。が、なかなかときめく会社を探し当てられませんでした。

企業がWeb制作を頼むときに使うとと思われるサイト、「WEB幹事」で、自分が関心のある食に関するサイトを作っている会社、UI/UXに力を入れている会社などを片っ端から見ていくなかで出会ったのが、モノサスでした。

驚いたことに、制作実績のなかには私の好きなサイトも並んでいました。このUI設計をしている人の名前をみて、モノサスの他の制作実績を見て、また制作に関わった人を見ての繰り返ししているうちに、あーまた同じ名前の人だ、いいな、一緒に働いてみたいなと思っていました。

そしてすぐにwantedlyで検索、ちゃんとヒットした事ですでに感動していたのです。しかし、どうやら経験者ばかりを募集しているぞ、と思い一瞬悲しくなったのですが、いやここで引くわけにもいかないとも思い、モノサスの記事などを数日かけて読んだり、制作実績を見たりして、どんな会社かしばらくかけてみてから、どんな形でもいいから入れたらいいなという考えで応募しました。

都会志向が強いので、周防大島勤務と聞いた瞬間はかなりびっくりしたのですが、モノサスで働きたかったのと、地方で働くという選択は自分からは確実にしないことだったので、よく分かっていなかったと言うのが正直なところです。

自分自身、都会が好きな自覚があったので、代々木に通い慣れる前に、できるだけ早く周防大島への引っ越しを済ませました。振り返ってみると、なかなか大きな決断でした。


働き始めて、暮らしのこと

周防大島での私山田真綺の生活ですが、たまにするオフィスでの料理がかなり楽しいです。

なぜ食が好きなのかというと、まずは単純に美味しいものを食べるってとってもテンションが上がります。食べ物って本当に五感で楽しむという感じが強くて、食べる前から、香りでもう十分味わって「美味しい!」と感じます。

見た目が楽しいとか、お肉を焼いている瞬間の音や香りとか、フォークでさした瞬間の触感とか。どこを切り取っても幸せがつまっている感じがします。

難しかったり時間のかかったりする料理ほど、目の前の食べ物のこと以外忘れられる、というのも、料理が好きなポイントかもしれません。料理以外に手芸をすることも好きなのですが、形に残ってしまうのが難点で、誰かにあげるのも気を使います。そういう点でも、料理は、誰かとシェアもしやすいし、食べればなくなってしまうので、後々の自分の負担にもならないような気がしています。

オフィスで料理をすると、自分以外にも食べてくれる人がいる分時間もかかって、リフレッシュになりやすい様な気がしています。

とはいえ周防大島のクッキングママなのか、お料理教室の先生なのかになりつつある感覚がありますが、、、

最近であれば、カレーパーティーをして、キーマカレー、バターチキンカレー、タンドリーチキン、ナンを作りました。

カレーは前日の仕事終わりに、まだ働いている方々のいる後ろでカレーを作り始め、盛大に食テロを行いながらカレーを作り上げました。

当日はナンの生地を捏ねたり少し手伝ってもらったりしながら、カレーの味を整えたり、数日前から仕込んでいたタンドリーチキンを焼いて食べました。

食べたみなさんは喜んでくれたようで、調子に乗って週末だけカレー屋になれそうな気持ちでした。かなり嬉しかったです。

実を言うと、2月に入社して周防大島で働き始めたその日からかなり追われている時間が多かったからか、仕事がある!嬉しい!楽しい!以外の感情はあんまり感じることができていませんでした。生活面では何を聞かれても、今は楽しくやってます、困ったことも無さそうです、と、よくわからないまま曖昧な返事をしていました。
今、周防大島に来てからをふと振り返って、意外にもりもりな2ヶ月だったなぁとしみじみ感じているところです。

田舎では生きていけないと思っていたけど、もう2ヶ月も生活できているし、自分って偉いよなと、ここで自分を褒めてあげようと思います。


あんまりにも仕事に関してお話ができなかったので、私の仕事の心持ちについてお話しして終わろうかと思います。

日々見えるところに置いてあるのがこの言葉です。

「あー楽しくなってきたー」

仕事をしている中で突然やってくる、ヒリヒリも、ビリビリも、ソワソワも、グネグネも全部飲み込んで楽しいです。

私自身楽しめないと急にしんどさが勝ってくるような気がしているから、何かがあったら「うおー盛り上がってきたーワクワク」みたいな気持ちでいるし、そうでありたいとも思っているから、いつもこの気持ちです。


昔の話ばかりをしてしまいました。またいつかの機会に今とこれからの話ができれば嬉しいです。

この投稿を書いた人

山田 真綺

山田 真綺(やまだ まき)デザイナー

デザインやディレクションをしています。 好きな動物はキリン。嫌いな事は草抜き。でも最近カボチャを育て始めたから、実ってくれるまで彼らのために草抜きを頑張る気持ちになっているところ。やればできる子やまだまき。

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