MONOSUS
ICECREAMING MAG

パティシエ佐川優が手がける、モノサスならではのバブカとは

ニューヨークの定番スイーツ「バブカ」をサワードゥで作る

バブカを知っているだろうか。チョコレートやシナモンを練り込んで焼いたブリオッシュ生地のペイストリーである。もとは東欧のイースター菓子だったが、ニューヨークに渡り、生地を編み込んでローフ型に焼き上げるスタイルに進化した。以来、定番のパン菓子として愛されてきたが、2010年頃に再注目され、SNSなどの影響もあって一躍ブームに。日本でも少しずつ知られるようになっている。

「バブカとはポーランド語で"おばあちゃん"を意味する言葉に由来するらしく、以前、ポーランド人のお客さまが来店したとき、『バブカなんて懐かしいな、おばあちゃんが作っていたよ』と話してくれました。昔は余ったパン生地に、ドライフルーツなどの残りを加えてリメイクするものだったそうです」

と話すのは、FarmMart & Friends でバブカを手掛けるパティシエの佐川 優さん。モノサスに入社してすぐの2025年4月から、バブカの開発に取り組んできた。

「食べたこともなかったのですが、アメリカ研修帰りのスタッフから話を聞いて興味を持ちました。見た目のインパクトも大きいし、作ってみたいと思ったんです」

そこで、当時、看板商品のドーナツに使っていた「超やわ食パン」と「ブリオッシュ」の生地で試作を開始。練り込む素材もチョコレートに限らず、あんこやジャム、チーズ、野菜など、さまざまな可能性を探った。

「何百と試作しましたが、どうにもピンとこなかった。それなりにおいしいものはできるのですが、商品とするには納得できなくて」

転機となったのは、昨年の8月に訪れたサンフランシスコでの研修だった。サンフランシスコでは、昔からサワードゥブレッドが名物として知られている。サワー種を発酵させて作るパンで、小麦の風味とほのかな酸味が特徴だ。サワー種を起こすのに必要なのは、小麦粉と水だけ。環境中の野生酵母の働きによって発酵し、独特の酸味(サワー)を帯びていく。この種を使ったサワードゥ(生地)は、小麦本来の味わいがぐっと引き出される。

「その土地に浮遊している菌や、小麦自体に付着している菌によって発酵するため、風土によって味わいが変わります。FarmMart & Friends と関わりの強い徳島・神山では、種を継ぎながら地小麦を育てているので、それでサワードゥを作れば、より小麦のおいしさを表現でき、自分たちらしい味になるのではと考えました」

帰国後、ドーナツをサワードゥでリニューアルし、同じ生地でバブカも作ることに。まずは神山小麦と北海道のアグリシステムから仕入れた小麦粉でサワー種を起こす。全粒粉を多く含む生地は茶色がかり、粉の風味をしっかりと感じられるため、生地だけで食べてもうま味がある。これを薄く薄く伸ばしてフィリングを塗り、何層にも重ねることで、ほどけるように軽やかな食感が生まれた。

「この味にたどり着くまでは本当に大変でした。バブカは生地、バターとのバランス、チョコレートフィリング、成形と要素が多く、少し変えるだけで仕上がりが大きく変わる。生地の薄さや層の数、フィリングの厚みのベストを探るため、何度も試作を重ねました」

カットした時の美しい断面も見事だ。チョコレートフィリングは、甘さのバランスにもこだわっている。

「本場ニューヨークのバブカのような甘さだと、日本人には少し重いかもしれません。かといって控えすぎると満足感がない。たくさんの人に食べてもらいたいから、甘さのバランスにもこだわりました」

やっと「これはおいしい!」と納得できるものが完成したときには、試作を始めてから8か月が過ぎていた。

お菓子を通して、生産者の物語を伝えていきたい

佐川さんがモノサスに入社したのは2025年1月。徳島出身ということもあり、帰省時に神山のフードハブ・プロジェクトを訪れたことが何度かある。幼い頃からの「お菓子屋さんになる」という夢は揺らぐことなく、テニスとサッカーに打ち込んだ学生時代を経て、製菓学校へ進学した。なぜお菓子を作りたかったのかという理由は、幼い頃の記憶につながる。

「子どもの頃、お誕生日会には母がケーキを手作りしてくれて、友だちと食べるのがとても楽しかったんです。そんな体験のおかげで、お菓子はハッピーな時間とともにあり、誰かを笑顔にできるものだと思うようになりました。私にとって、人を喜ばせたいという想いを表現する手段がお菓子なんですね」

卒業後は、街のケーキ店や高級レストラン、有名パティスリーなどで修業を積んだ。

「技術を身につけるなら、ただ楽しいだけではだめだと思っていました。厳しい環境で学びたい、でも今の自分の能力では追いつかない。その葛藤のなかで転職を重ねました。20歳で上京してからは、東京のパティスリーを何十軒も回り、いちばんおいしいと感じたお店に応募。面接は不合格でしたが、『研修だけでもいいのでやらせてください!』とお願いして。結果的に、そこで4年ほど働きました。ものすごく厳しかったけれど覚悟のうえでしたし、今でもシェフを尊敬しています。社会人としての基礎もそこで学びました」

ただ、その店では接客業務に携わることが多く、より製造技術を磨きたいと考えた佐川さんは、老舗のパティスリーへ移籍。約3年の修業を積み、コンクールにも挑戦した。さて次は海外へ出るか、レストランでデザートを作るかと迷っていたとき、知人からフレンチレストラン L'Effervescence(レフェルヴェソンス)がパティシエを募集していると聞く。

「ミシュランで星を獲得するような高級レストランで、それまで訪れたこともありませんでした。でも足の怪我をして半年ほど休養していたので、じっくり調べる時間はあった。シェフの生江史伸さんのインタビュー記事もたくさん読みました。食材に対する考え方や向き合い方は、それまでの自分とは全く違っていました。果物は果物屋さんから、材料は業者さんから仕入れるものという認識しかなかったのですが、そんな素材の一つ一つに生産者がいるのだと気付かされたんです」

強く惹かれた佐川さんはすぐに履歴書を送り、松葉杖をつきながら面接へ。見事合格を果たす。

「入社してからは、環境や生産者についてなど、すべてが新鮮な学びでした。休みの日にも、有志で生産者訪問をするんです。素材が生まれる背景やこだわりを直接聞き、すべてに気候変動が影響している可能性があることを知りました。知れば知るほど、自分も何かしなければと思うようになる。フードロスを減らしたいし、大切な素材だからこそ最大限においしくして届けたい。考え方も生き方も大きく変わりました」

その後独立し、スペシャルティバニラブランドである Hugh Morgan(ヒューモルガン)のシェフパティシエとして、立ち上げに関わった。

「ゼロからブランドを立ち上げる経験ができ、お店の立地や厨房の設計にも関わりました。バニラは産地や品種によって風味が異なるのも面白かった。その頃、友人の紹介でモノサスの方々と知り合い、あのフードハブ・プロジェクトが地元食材の卸も手がけていると知って興味を持ちました」

神山での研修にて、地元のお母さんたちと
モノサスに入社してすぐ、神山へ研修に

レフェルヴェソンスでの経験を通して、将来の方向性が明確になってきていた。生産者と繋がり、その想いを受け取り、ものづくりを通してお客さまに届けること。そして地元に還元できる仕事をすること。だからヒューモルガンを離れる際に思い浮かんだのがフードハブ・プロジェクトだった。

「ちょうど眞鍋さんが社長に就任したタイミングで、そのインタビュー記事を読んだら、目指す方向が近いと感じました。何より、農業と食を地域で循環させる取り組みが素晴らしい。地方創生は継続が難しいと言われるなかで、10年以上もビジネスとして成り立たせている点にも惹かれました」

入社してあっという間に1年が経ち、現在は早朝からバブカやドーナツを仕込む日々。状態が日々変わるサワードゥを扱いながら、味を安定させ、一定以上の品質を保つのは容易ではない。それでも、これまで磨いてきた技術をドーナツのジャムやお菓子の素材の組み合わせに活かせること、素材と向き合う毎日に充実を感じているという。

「徳島に拠点がある会社で働くことで、地元に関われるのも大きな魅力です。徳島のすだちを使った『すだちブリーズ』というパウンドケーキを開発できたのもうれしかった。またFarmMart & Friends は東京にあるので、神山に限らず、全国のこだわりある生産者や小さな作り手の食材を扱えるのも楽しみです」

今後は、そうした素材を生かした新たなお菓子作りにも取り組んでいくという。佐川さんのお菓子が味わい深いのは、その向こうにある背景までも感じさせるから。素材の作り手も、食べる人も笑顔にするお菓子に、これからも出会えるのが楽しみだ。

藤井 志織

出版社勤務を経て、2010年よりフリーランスのエディター/ライターとして活動。主に雑誌や書籍、WEB、企業の販促物などで編集・執筆を行うほか、企業のブランディングや商品のディレクションも手がける。担当した書籍に、小堀紀代美著『LIKE LIKE KITCHENの旅する味』、ウー・ウェン著『100gで作る北京小麦粉料理』、草場妙子著『TODAY’S MAKE UP 今日のメイクは?』など多数。